前にも取り上げが、朝日新聞に「60歳の憲法と私」という連載コラムが載っている。朝日新聞のサイトにはないが、
ここに全文が引用されている。
一読しての感想は「また胡乱な」だ。まず冒頭からが胡乱だ。
具体的に憲法のどこが悪いのかがきちんと議論されているわけではない。
嘘を言ってはいけない。まず、氏が挙げたような「環境権やプライバシー権、犯罪被害者の権利」に関してはいろんな議論がなされている。だからこそ氏も
時代が必要としている権利を盛り込むべきだという議論がある。
と書いているのだろう。
氏が主張するように、これらを敢えて憲法に盛り込まず、第13条から導出すればよい、という意見はあっても構わない。しかし、この議論自体を行わないとか、あった議論をなかったことにするような発言はおかしい。
他にも現憲法について、「具体的に」「どこが悪いのかがきちんと議論されている」例はたくさんある。例えば、私学助成金との矛盾を指摘されている第89条
第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
の問題を憲法の専門家である氏が知らないはずはない。この条文は、私学助成金だけでなく、NPOへの支出でも問題になるはずだ。
また例えば、第9条。完全な非武装平和主義者でない限り、第9条になんの矛盾もない、とする人はいないはずだ
(完全な非武装平和主義者は、第9条には矛盾はなく、実際に行われている政治に憲法との矛盾を見出すだろう)。もちろん、具体的な議論が行われている。
以上、現憲法について「具体的に」「どこが悪いのかがきちんと議論されているわけではない」というのは、間違っている。端的に言って嘘だ。嘘でないと言うのなら、その理由を説明すべきだろう。
とは言っても、嘘は嘘で、いくら言い繕おうが嘘でない事にならないが。「胡乱だ」と感じた点は他にもある。氏はとにかく解釈改憲が好きなんだろう、ということだ。例えば、前にもあげたが、第13条の問題だ。
13条は包括的な人権保障規定であり、いわば「ドラえもんのポケット」のようなものだ。
どんなものでも導出できる規定、という胡乱なものに、何の危険も感じないのだろうか?人権というのは、そんなに手放しで素晴らしいと言える様な完全無欠なものなのか?
おそらく、第9条の問題を取り上げないのも解釈改憲主義者だからだろう。でも、軍事という非常な危険なものを解釈次第で変えることができるものでしか縛らない、ということに危険を感じないとすれば、「鈍い」としか言いようがない。
解釈次第で憲法の内容が変わる(あるいは、変わりやすい)というのは、果たして「憲法が大切にされている」と言えるのか?それは、憲法が権力を縛るのではなく、権力の地位に就いたものの解釈が権力を縛る、ということだ。これは、
憲法が大切にされないとどうなるか。憲法が権力を縛るのでなく、権力が正義そのものになる。やがてナチスが台頭し、ヒトラーは正義を掲げて独裁者となった。
と氏が主張しているような「権力が正義そのものになる」状態だ。つまり、解釈改憲は危険なものであり、それを(できる限り)許すべきではない、と結論付けねばならない。
なのにそう主張しないのは、憲法学者のテリトリーを死守しようとしてるからだ、と考えるのは穿ち過ぎだろうか?最後に、氏は次のようなことをさらっと書いている。
現憲法は国民の権利について、「公共の福祉」に反しない限り尊重されるとしている。それは他人の人権を侵害しない限りという意味だ。
はっきり言って、そんな解釈は初めて聞いた。Aさんの人権とBさんの人権は、無矛盾であるはずがない。人権と人権が衝突することは当然ありうる。しかし、AさんとBさんは、平等なのだから、何らかの調整が必要になる。これは当たり前のことだ。憲法に明記する必要がない。なのにそれがわざわざ憲法に書いてあるとする主張には無理がある。
第一、「他人の人権を侵害しない」ということを「公共の福祉」等と言う言葉で表さねばならない理由が解らない。逆に、「公共の福祉」という言葉を聞いて「他人の人権を侵害しない」と解釈する人はほとんどいないはずだ。もし氏の言うことが本当だとしても、そんな不自然な言葉遣いは訂正すべきだ。結果として改憲賛成、とならなければならない。でも、氏の結論はその全く逆だ。
なぜこんな胡乱な意見を嘘をついてまで主張しなければならないのか?非常に理解に苦しむ。
追記 2007.5.6(日):
「公共の福祉」を「他人の人権を侵害しない」と解釈するのは、一元的内在制約説と呼ばれ、通説となっているようです(
Wikipediaの記事)。私の不明でした。でも、非常にわかりにくい言葉・解釈であることには違いないですね。もしそのように解釈するなら、はやり表記を改めるために改憲すべきでしょう。