2007-12-18

セピア色の

「セピア色」の「セピア」って、
sepia
イカの墨

--- 「EXCEED 英和辞典」より
つまり、セピア色の想い出は、
イカスミ色の想い出(なんか臭そう)

柳葉敏郎や哀川翔が所属していた一世風靡セピアは

一世風靡烏賊墨(なんかダサそう)

ってことです。

2007-12-03

キリスト・西暦・零

おわわさんのブログ『another way』の記事『どうなってんだか』を読んで一つ。
ところで、西暦0年ってキリストの生誕なんでしたっけ?
「B・C」ってBefore Christでしょ?

つーことはですよ。
キリストって12月25日が誕生日じゃないですか。
では、12月26日から31日に生まれた人は紀元前なの?紀元後なの?
そもそもどうしてキリストの誕生日を1月1日にしなかったんでしょう?
えー、真面目にお答えします。

まず、よくある誤解を解いておかねばなりません。紀元元年は、西暦1年(AD1)です。AD1の前の年は、AD0ではなく、BC1です。
こうなっているのには訳があります。西暦制定時には、ゼロの概念が広く通用していなかったからです。ゼロの概念自体は、紀元前にもあったらしいのですが、 広まるのはずっと後で、インドで0という記号が発明されてからのことです。これが大体AD600以降ではないかと言われています。
ちなみに、暦数に0の概念がないのは、日本の元号も同じですね。平成元年は平成1年で、平成0年ではないのと同じことです。

さて、AD1の1月1日から12月24日までに生まれた人はキリストより前に生まれている…というのは間違いです。なぜか?
西暦すなわちキリスト紀元が発明されたのはAD525。これは当時の研究でキリストの誕生年を推定した結果ですが、その後の研究によって、誤りが判明し、現在では、キリストはBC7~BC4生まれと推定されています。
というわけで、AD1の1月1日から12月24日までに生まれた人は、キリストの後に生まれた、と言う意味でも、紀元元年生まれという意味でも、紀元後生まれ、と言うことになります。
もっとも、その頃には西暦は発明されていなかったので、本人としては紀元元年生まれと認識してはいませんでした。西暦が欧州で広く用いられるようになったのは、15世紀以降だそうです。

2007-11-19

船場吉兆問題で僕達が学ぶべきこと

天神岩田屋に入っていた船場吉兆で賞味期限偽造問題が発覚し、ブロイラーを地鶏、鹿児島牛を但馬牛と偽装した問題も芋蔓式に発覚した。これらの件で僕たち消費者が学ばなければならないことを考えたい。

賞味期限の偽装
この偽装によってお腹を壊した人は居ない、と言う意味で、被害者の居ない事件だ。そもそも賞味期限は生産者が定めてよいもの。日持ちがするものであれば、偽装などせずとも、長い賞味期限を生産者自身で設定すればよいだけの話。
なのだが、賞味期限が長いと、余計な保存料が使われてるんじゃないか、と疑われる(実際に入っている場合もあるだろう)。
また、小売店に売れ残った商品を入れ替える頻度を上げさせるため、賞味期限を短く設定する場合もあるようだ。商品は、賞味期限切れ間近になると、廃棄されて、新しく仕入ることになるためだ。これは要するに、まだ食えるものを捨てろ、と命令していることになる。もったいない。

地鶏や但馬牛の問題
消費者のブランド信仰がこの問題を生んだと言ってよいだろう。食ってみて旨ければそれでいいのに、旨い上に但馬牛でないと満足しない、なんて発想だ。いや、食ってみて不味くても、但馬牛なら満足、って発想かもしれない。同レベルの味・品質・安全性なら、値段は安い方がいいに決まってるので、安い方を買おう、という当然の仕組みが働かないのがブランド信仰ってやつだ。

そもそも、肉の産地なんか偽装されたら素人にはまず判らない。食肉のプロだって、食べただけで完全に判断できるものではない。松阪牛辺りにはDNA鑑定が可能(参考)だが、DNA鑑定にしても万能ではなく、例えば加熱加工食品になったら判定不能だろう。それ以外の牛も固体識別番号がついているが、肉と番号が組合せが正しいかを見分ける方法はなく、悪意の偽装にはほとんど無力だ。
そんなわけで、産地と言うのはいくらでも偽装可能。そんなものを信仰するのは、今や鰯の頭を信仰するのと選ぶところがないのだ。

ただ、消費者にも簡単に判ることはある。それは肉質だ。簡単に言って、肉質がよいということは、食って旨いということだ。細かい段階の差はわからないかもしれないが、少なくとも等級1と等級5の差はは食えば判る。プロになれば、見ただけでも判定できるはずだ。そういうものに拘るのが賢い消費者と言えるのではないだろうか。

先にあげた固体識別番号システムは肉質については何も保証していないので、この意味でも役立たずだ。

2007-11-18

tomboy

大沢あかねとソニンの新ユニット・Tomboyがデビュー。
TVで見たけど…。

大沢、歌下手過ぎ。

まあ、バラドルとしては、あの程度でOKかもしれんけど、
ソニンと組むと下手さ加減が目立ち過ぎ。
歌もソニンを基準に作られたのか、結構難しいもんだからなおさら。

2007-11-16

クリスマスツリーって…早過ぎやろ!!

さっきTVでニュースを見てたら、福岡タワーのクリスマスツリー点灯式の話題が。
まだ11月中旬や、っちゅーに、早過ぎやろ。

Googleニュースで調べてみると、全日本的な傾向みたい。
そー言えば、近所のスーパーのBGMも11月に入ってからクリスマスソングだなあ。

ちなみに、米国のクリスマスシーズンの始まりは、11月第四木曜日のThanksgiving day(感謝祭)から。ま、大体一ヶ月前からと考えればいいんじゃないかと。
米国は、この感謝祭って足枷(?)があるせいで、クリスマスシーズンはこれ以上拡大しないけど、日本は無節操極まりない。
そのうち

クリスマスシーズンは、
クリスマスの364日前から


なんてことになったりして。

昔、ホイチョイの『見栄講座 ―ミーハーのための戦略と展開―』に、軽井沢が、新軽井沢、旧軽井沢、元軽井沢、奥軽井沢…と軽井沢を名乗る土地が増えていって、そのうち日本全国軽井沢になるんじゃないか、って与太話があったな。

2007-11-15

探偵ファイル: 雰囲気工場

久々に探偵ファイルネタ。BOSSの『スパイ大作戦  ~報奨金を狙え!』って記事を書いてます。この中で、
京浜東北線赤羽~川口間に「雰囲気工場」という名の工場見ました。雰囲気で何を作っているのかはさっぱりわらないですが、あまりに凄まじい名前だったので気になってしょうがありません。場所は荒川を超えた左手に見えます。是非調べてほしいです。


全国のスパイから雰囲気工場に電話ボムされたら私が訴えられるので早くも迷宮入り。
ってのがありました。

私は

瞬時にこの指令を解決

しました。





ってかですね、雰囲気ってのは科学用語で、
ある特定の気体やそれを主とした混合気体の状態、またはその気体の条件下にある状態
(Wikipediaの記事)を指す言葉で、例えば、爆発性雰囲気とか、酸化雰囲気、還元性雰囲気なんて使い方をします。
この雰囲気工場も、何らかの特別な気体を扱っている工場なのでしょう。

2007-11-10

デートDVって

デートDVって言葉があるそうな。デート中に受ける嫌がらせのことかな?
Googleで調べてみると次のページがトップに来た。

デートDV/山口のり子

曰く、
DV(ドメスティックバイオレンス)最近はよく耳にします言葉ですが、大人の間だけの事ではありません。男女交際においても虐待や暴力による対等でない関係があります。
デートDVは結婚していない男女間での体、言葉、態度による暴力の事です。親密な相手を思い通りに動かす為に複合的に使われるあらゆる種類の暴力を指します。
なんだそうな(「大人の間だけの事ではありません」ってのが意味不明だし、異性愛者の間だけのことでもないんじゃないかという問題もあるが、それは措くとして)
デート中ってことはないらしい。ならば、デートDV名前がヘン。
そもそも、それ以前に、DVなのかが疑問。
domestic
━━ a. 家庭(内)の, 家事の; 家庭的な, 家事の好きな; 出ぎらいな; 国内[内地]の; 国産の; 自家製の; 飼い慣らされた.
━━ n. (女の)召使い, お手伝い; 〔米〕 (pl.) 国産品.
家庭内でないのに、家庭内暴力とは?
この用語を作った人の知性を疑う。
# 山口氏が作ったんかいな?

# アカハラとかパワハラなんかのハラ言葉と同じ感性。ダサダサ

それはそれとして。
家庭内でも、それ以外の関係でも、(躾の為の愛の鞭とか、女王様の鞭とかは別として)暴力は許されない。
その点は山口氏とまったく同意見。

さて、デートDV(アタマ悪そ!)の原因は何か? 山口氏はジェンダー(社会的性差)にあると言っている。
ではどうしてデートDVが起きるのでしょうか。その一つに"暴力を甘く見る風潮"男の子は多少暴力的でもいい"と暴力容認の社会が背景となっている。
ジェンダーバイアス(社会的性差による偏見)。
この辺りでもう、フェミニスト臭がぷんぷん。
でも、フェミニストでも正しい意見を述べていればOK。しかし。
*男らしさとは?*(一般的に思われている事例)
苦しくっても弱音をはかない。男は泣かない。感情を表さない。家族を養って
こそ男。強く競争に勝つ。女性を守らなければ。男は黙って・・・。
:女らしさ*
か弱い。守られる。おとなしくついていく。控えめ。貞淑、受身。夫・子供を第1に。理屈を言わない。学歴はそこそこ。家事育児は女性の仕事。
太字の様に、男のジェンダーには、デートDV(アタマ悪そ!)を妨げるものが含まれている。
これを無視してジェンダーを否定するのはアンフェア(自分で例示したにもかかわらず)
男はいつも自分が正しく、感情にふたをする事が当たり前という概念が頭にあると、思い通りにならなかった時に怒りが爆発し暴力となる。
ここまで来ると、支離滅裂。
普通は、「感情をコントロールできないから暴力振るう」と考える。しかし山口氏は、

「感情をコントロールしなければ、暴力はなくなる」

と言っている。ありえない。
抑圧されているから爆発、という場合ばかりではないし(山口氏も専門家ならそんなことくらい知ってるだろうに)
感情を抑える訓練をしていない人の感情は簡単に爆発するからだ

感情をコントロールできなければ、女だって暴力を振るう(「女らしく」というジェンダーを刷り込まれていなければなおさら)
それがあまり問題にならないのは、女の力では大事に至りにくいからに過ぎない。
# まさか、大事に至らなければ暴力も許される、という論旨ではあるまい。

また、挙げられている事例
場面;デート中相手の携帯に電話が入り長時間話しています。あなたはいらいらします。その時の気持ちをどのように伝えますか?
に対する解説がヒジョーに独創的(←嫌味)
A
男「何で食事中に長電話なんかするんだよ!」
女「だって大事な話なんだもん」
男「俺は大事じゃないのかよ。この間もそうだっただろ。もういい加減にしろ!」

このメッセージでは相手にとって批判されたり、責められたりするように聞こえます。このままけんかになりそうですね。
「聞こえてる」ではなく、批判だし、叱責だ。
「この間も」ってことは、この女はこの失礼を何度も繰り返してるわけだ。
ここで叱って解らせとかないと、この女はまた同じことを繰り返すに違いない。
それでもしケンカになっても、悪いのは男ではなく女。
この女だって立場が逆になったらプンスカくるはず。それが当たり前。
女性も自分の意見を持って”嫌なものは嫌”ときちんと発言していい
というのなら、男だって嫌なものは嫌と言って構わないはずだ。
# 山口氏の考える男女平等って一体…?

つづけて。
それでは同じ内容をちょっと言い方を変えてみましょう。

B
男「食事中に長電話されるといやだな。僕の事どうでもいい様に感じるよ」
女「あっ。ごめんね。でも大事な話なの」
男「そうかもしれないけれど、折角のデート中だから、食べ終わってからかけ直すって言ってくれない?」
女「うん わかった。」
初犯ならそれでもいいかもしれないが、この女は常習犯。
「うん わかった」なんて口先だけ。再犯間違いなし。

それを許すとしても、この直後が支離滅裂に矛盾している。
自分の気持ちに焦点を当ててその気持ちを率直に相手に伝える事です。
は?素直な気持ちはむしろA。
ほんの数行前に男が感情を抑えることを自ら否定したのを忘れたのだろうか。
これが何度も続けば、山口氏の言うように、抑圧された感情が爆発し、暴力に至っても不思議はない。
たとえ男と女の立場が逆であっても、だ。ジェンダーを刷り込まれない女ならなおさらだ。

山口氏は自分の言ったことを省みるということはないのだろうか?

最後の結論にも突っ込んでおこう。
ただ、残念な事に現社会の中にある”ジェンダーバイアス”は私たちが小さい頃から知らないうちに刷り込まれており、大多数の人も当たり前と思っている事柄です。これを見直して学び直す事は難しいことですが、後回しにしてはいけないなと感じました。
いや、それは後回しでいい。山口氏が真っ先に学ぶべきことは作文。
論理的に矛盾のない文章を書くことの方が重要。
学ぶ順番を間違っている。
#って、本を何冊も書いているような人が、こんなヘンテコな文章を書くもんだろうか…

2007-11-08

Google Adsense一ヶ月経過

別のIT系ブログを持ってるんですが、そこでGoogle Adsenseを導入してほぼ一ヶ月が経過。
収益総額は…

$3.34

…支払いは、$100になるまで保留されるそうですから、このペースで収入があるとして、だいたい

2010年10月

頃ですかね。とほほ。

えー、Adsenseの初収入でデートしたいという貴女、

予約は今すぐ。

って、女性読者なんかおるんかいな…

2007-10-30

あれじゃあ人はついてこない

詳細は書けないけど、うちの上司。
厳しいのは悪いことじゃないけど、自分の意図と違っていたからと言って、
理解しようともせず全否定しちゃいかん。
あれじゃ人はついてこない。
この部署の行く末は明るくはないな。
# Googleにでも転職しようかしら。

New Impreza WRX STIに乗ってきました!

先日、愛車でスバルのディーラーへ行きました。

いえ、

愛車の修理ですよ。ホント。

な・の・に、

なぜか営業がニコニコしながら近寄ってきます。

「りょうさん、STI、試乗できますよ」

まったくそんな気がなかった私は、それを断っ…


…………


………






れるわけもなく、サクっと試乗。

意外に乗りやすいですよ。荒っぽい感じがしない。
足回りは固めですが、ごくスムースに加速していきます。
ま、こーゆー意見は専門家に任せるとして。

そもそも買い換える元手もないわけで、
サクっと帰ろうとすると、また営業がニコニコと。
手に角2の封筒が。

ははぁん。カタログだな?お、厚みがあるってことは、DVD入り?

なんて思いつつ、帰宅して中身を確認すると、



お、おや?なぜか見積書が。
愛車の下取り価格まで入ってる始末だし。

買わないよ。
先立つものがないんだし。
まだ。

2007-10-29

なんか、ゴーマニズム宣言と同じことを書いてしまった

2007年10月24日発売の雑誌『SAPIO』11/14号の『ゴーマニズム宣言』は、沖縄戦を取り上げています。
この論旨が、なんかこのブログの10月15日の記事『沖縄集団自決』とすごく似てます。
いや、小林よしのり氏が盗作したとかそんなことを言っているわけではなくて、むしろ、

オレ、盗作した?

ってか(笑)。

2007-10-26

年金生年月日丸め問題・元号・西暦

単なる思い付きだけど、一応書いておきます。

年金情報の生年月日が、十日単位に丸められていることが発覚しました(朝日新聞の記事)。
問題の日付は、1~9日が1日、10~19日が10日、20~29日が20日、30、31日は30日として記録されている。63~66年度の4年間に就職や転職をしたり国民年金に加入したりした人のほとんどの生年月日が、そうした形で記録されていたという。
これで調べてて気付いたんだけど、Wikipediaの記事によると、日本で西暦が一般に使われるようになったのは、丁度この頃らしい。
日本国内において西暦が常用されるようになったのは、1964年(昭和39年)の東京オリンピックに向けてのキャンペーンを経た後であり、それ以前には、戦後分離された沖縄、小笠原地域を除き、元号が常であった。
なんか関係があるのかな?

2007-10-24

文系のやることの非論理性ときたらもう

サービス追加を契約するためには、次の条件が必須だと文系人間に言われた。
  1. 資産代金をサービス期間中に毎月定額で回収する
  2. 契約終了のタイミングで資産代を全額回収する
  3. 中途解約時は残りの資産代金を解約金として回収する
三番目は余計。中途解約⊆契約終了なんだから。必須条件は一番目と二番目だけで、三番目は二番目の注意書きくらいの扱いでいい。
そういう論理の美しさを理解しない連中が文系人間には多すぎる。

追記:
と、思ったら、営業の人も同じことを言っていた。でもこの人、出身大学は私と同じで、もともと理系なんだよな。

2007-10-21

パフィーって

今、Music Loversを見てたんだけど、パフィーって謎だねえ。第一、歌が上手いとも思えない。なんで二人で歌っているのかすら謎。二人で歌ってても、ハモるわけでもなく。

自分で作詞も作曲もしないから、彼女たちでないと、ってメッセージ性があるってわけでもないし。

まー、そーゆーチカラのヌケたところが逆に魅力なんだろうねえ。

それはともかく、番組内の「メドレー」。アレはメドレーとは言わんぞ。メドレーっつーのは、それぞれの曲からいいトコ取りしたメロディーを、音楽的に上手く繋いだヤツを言うんだろ?少なくとも、曲間毎でドラマーがカウント入れるようなのは、メドレーとは言わんぞ。

金美齢

金美齢さんって、知的で激しくて美しいなあ。

支那語を話す女性で、こんなに知的に見える人を僕は他に知らない。
#単に支那人の知り合いが少ないだけだとも言えるが(笑)。

2007-10-20

CheckFox: blog探偵のトラックバックspamを消す

放置プ○イの殿堂、Blog探偵ですが、使ってて困るのがトラックバックスパム(もう使ってる人も少ないとは思いますが)。設定でトラックバックを禁止するのも手ですが(というか、トラックバック自体がまともに機能していないので、それがベストかも)、できればトラックバックは生かしておきたい。すると、不要なトラックバックを手で消すしかない(まともなブログサイトなら、多少は対策してくれるはずですが、ブログ探偵じゃねえ…)。でも、めんどくさい。なんせ、チェックボックスをいちいち手でチェックして、ボタンを押して、…ってのを繰り返さなければなりませんから。

そこでオススメしたいのが


です。このChecFoxを使うと、選択した範囲のチェックボックスをまとめてチェックできます。以下、インストール手順と使い方を図解。

インストール編
FireFoxを起動して、メニューバーから、「ツール(T)」→「アドオン(A)」を選択すると、「アドオン」ウィンドウが開きます。
「新しい拡張を入手」をクリックして、「Firefox用アドオン」のページを開きます。
でも実は、ここにはCheckFoxは置かれていないので、ここから「Firefox Add-ons」のページに移動します。「Firefox Add-ons(多言語対応ベータ版サイト)」のリンクをクリックします。
リンクをいちいち辿るのは面倒なので、画面の上の方にあるテキストボックスに「checkfox」と入力して、隣の「検索」ボタンを押します。
検索結果にCheckFoxへのリンクが表示されるので、ここをクリック。
「インストール」ボタンを押すと、ダウンロードとインストールが開始されます。
「ソフトウェアインストール」画面が表示されます。ダウンロードに数秒。「署名がありません」とありますが、mozilla.orgからダウンロードしたものなので、信用することにして、「今すぐインストール」ボタンを押します。
インストールは一瞬で完了しますが、Firefoxの再起動が必要です。「Firefoxを再起動(R)」ボタンを押すと、Firefoxが再起動されます。
「タブを閉じる確認」ダイアログが表示されるかもしれません。「すべてのタブを閉じる」を押します。
Firefoxが再起動されます。再び、メニューバーから、「ツール(T)」→「アドオン(A)」を選択し、「アドオン」ウィンドウを出してCheckFoxがインストールされたことを確認します。
ちゃんとインストールされてます(当たり前)

使い方編
ブログ探偵の「コメント・トラックバック」画面を呼び出して、消したいトラックバックを選択すると、その記事に対するトラックバックが十件づつ表示されます。ここで[Ctrl]+[A]を押します(もしくは、「編集(E)」→「すべて選択(A)」)
すかさず右クリック。コンテキストメニューが表示されますが、CheckFoxによってその中に「Check(H)」が追加されていますので、それを選択します。
すると、画面上のすべてのチェックボックスがチェックされた状態になります。後は「チェックしたトラックバックを削除する」ボタンを押せばOK。
後は、これをページ数分繰り返します。


Firefoxのインストールの仕方は、自分で調べてね。

今回はアサヒったわけじゃ>天声人語赤福問題

ご存知天声人語ですが、やらかしてしまったようです(笑)。白い恋人の賞味期限改竄問題のときに、こともあろうに「赤福を見習え」と書いちゃったらしいです。問題の記事を引用します。
甘党なら、あんころ餅は心のふるさとのような存在かもしれない。「ここだけは安泰」と信じた旧来の和菓子ファンは、帰る所を失った心地ではないか。伊勢名物、赤福の偽装である▼包装ずみの商品を冷凍保存し、包み直して売っていた。品切れを防ぐため、70年代から続くやり方だという。解凍し、再包装した日を製造日と偽った品は、過去3年の出荷量の2割近くになる▼小欄にとって、赤福の後味はほろ苦い。8月、北海道銘菓「白い恋人」の賞味期限偽装を取り上げた。経営者が赤福の伝統を目標にしていたことを紹介し、こう書いた。「今年創業300年の赤福の餅は、ごまかせない『製造日限りの販売』だ。伝統にはそれぞれ、理由がある」▼読者の皆様から「赤福にはもちろん、天声人語にも裏切られた」というおしかりや、「天声人語も犠牲者だ」とのご意見をいただいた。いずれにしても老舗(しにせ)の看板に目が曇り、公式サイトの言い分をうのみにした不明は恥じるほかない▼思えばここ30年ほど、赤福の評判は冷凍庫の中で保たれていたわけだ。風味に自信があるなら、冷凍品がまじる事実を堂々と明かせばよかった。銭勘定の下心をうそというあんこで包んでは、伝統さえも凍え死ぬ▼赤福は、長旅で疲れたお伊勢参りの旅人を癒やす餅から出発したと聞く。名前の由来は「赤心慶福」。偽らない心で、善男善女の幸せを一緒に喜ぶ志である。菓子としての素朴さ、作り手の愚直さ。そうした持ち味のあれやこれやが、営利の厚氷の中で震えている。
まあ、今回は朝日新聞が悪いわけじゃないと思いますけど。

コンビニにて

今日、セブンイレブンでひと口サンドイッチを買った。
レジで

お箸はお付けしますか?

と聞かれた。
絶句した。

僕はむしろ、ポテトチップスに箸をつけて欲しい。

2007-10-19

消費税と法人税<教えて!エラいひと

最近、消費税の税率を上げるかどうか、という議論が盛んです。消費税率が上がると生活を直撃するので、慎重に議論してもらいたいところです。

それはそうと、国民の生活レベルが向上しない中、売上・利益共に好調な大企業が多いようです。であれば、消費税率を上げずに法人税率を上げるべきではないでしょうか。
しかし、世界的に見て日本の法人税は高い(参考)。これを更に上げるとなると、国外に移転する企業が出てくるだろう、というのが法人税増税反対論者の言い分です。

その理屈はわからなくもないのですが、一方で日本は消費税の様な間接税が低い国です。先進諸国の中では飛びぬけて低い(参考)。

法人税は、帳簿上の工夫で節税することが可能ですが、消費税はそういうわけには行きません。日本で経済活動を行えば、会社の経営が苦しくても課税を免れません。その状況下で、法人税率が上がるのと、消費税率が上がるのでは、どちらが企業にとっての圧力になるでしょうか?

誰か、解り易く教えてくれませんか?

2007-10-15

沖縄集団自決

教科書から沖縄集団自決への軍の関与を表す記述が削除されたことに批難が集中している。軍が沖縄住民に自決を命令するなり、降伏することを禁止したりしたか、というの問題になっているのだ。

私はこの問題に明るくはないので、実際に軍が関与したかどうかを断言する立場にはない。ただ、軍人が住民に自決するように指示するようなことはあっただろう。でも、住民が自主的に自決したり、住民が住民に対して自決を促したケースもたくさんあったのではないだろうか。当時は、国民も軍も(軍人も国民だから当たり前だが)そういうムードだったからだ。

全体としてそういうムードだったから、軍から住民への自決勧告も、武力を背景にした強制的なものではなかっただろう。言い換えれば、住民にも軍にも同調圧力が働いていた、ということだ。国全体がその同調圧力に包まれており、国を構成する国民も軍もマスコミも政府も、その同調圧力を相互に助長していったのだ。

問題にすべきなのは、軍の関与ではない。なぜそういう同調圧力が発生したのか、なぜその同調圧力に抗うことができなかったのか、なぜ理性的に考えることができなかったのか、ということだ。少なくとも、今は存在していない軍に責任を負わせて終わらせるのは間違っている。

そして、この同調圧力問題は、今も解決していないことが判る。なぜなら、今回の件自体が、同調圧力を帯びつつあるからだ。

2007-10-13

嘘を吐かない商売は

おもてなしには、うらがある。
うらがあっても、うらない。
見料をとるけど、うらない。

2007-09-25

手首捻挫

BJJの稽古で手首を捻挫してしまった…とほほ。スパーリングを立位から始めて、捨て身技で相手を投げたときに、相手の後腰の帯を握っていた左手の手首を反らす側に挫いた。
今年は怪我が多いなあ。歳かなあ。体重を落とせということなのかも。

2007-09-04

光母子殺害事件被告弁護団への懲戒請求

光母子殺害事件で、最近TV・ネット界隈が騒がしい。被告人弁護団に懲戒請求が殺到しただの、それをTV番組中で誘導した橋下弁護士が被告人弁護団のメンバーから業務妨害で訴えられるだの。

まず、私は法の専門家ではないことを断っておく。その上で次のことを主張したい。
  1. 今回の被告人弁護団の行動は、まったくの合法であろう。
  2. しかし、被告人弁護団には道徳はない。
  3. 今回の件は、法治主義の限界を明示している。
  4. このことは、2500年前から予言されている。
一点目と二点目は、橋下弁護士のブログで述べられている通りだ。刑事事件では、弁護人は、被告人の利益のために、ありとあらゆる合法的手段を用いる。被告人が極悪人であろうとも、被告人の利益になるのなら、どんな荒唐無稽な主張も行う。これが弁護士の仕事だ。今回の被告人弁護団も、そういう弁護士の使命に忠実であったに過ぎない。もっともそれは、死刑判決が下される日が多少先送りされる程度の利益かもしれないが。

しかしながら、あの様な荒唐無稽な主張をすることは、道徳上非常に恥ずかしいことだ。これは言うまでもないことだろう。法律と道徳は必ずしも整合しないのだ。

この一点目、二点目から導かれる結論が三点目。法治主義を突き詰めていけば、合法であれば、どんな恥ずかしいことでやって構わない、という結論を得る。その結論に支配された世界では、詐欺ぎりぎりの行為が日常繰り返され、人は人を信用しなくなる。また、合法な世界のレベル低下は、非合法な世界のレベル低下を招く。軽度の犯罪から極悪犯罪まで、あらゆる犯罪が増加する。法治主義のみに頼ることはつまり、そういう世界を生み出す、ということなのだ。

もっとも、今の世の中はそこまで法治主義に傾いてはいない。しかし、法律家たる弁護士たちは、その職業上の使命により、法治主義を徹底する。それがこの状況を作り出してしまった。それと世の中のギャップに世間の人は驚いたわけだ。

四点目。これは、以前にも書いたが、論語に次のような言葉がある。
道之以政、齊之以刑、民免而無恥
これを道びくに政を以てし、これを斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免(まぬが)れて恥ずることなし。
要するに、法治主義を徹底すれば、法律に従っていさえすればよい、という恥知らずな人々を生み出す、ということだ。
今回の弁護団の弁護士たちは、恥知らずな人たちではないと信じたい。ただ、恥知らずを演じねばならないときもある、という因果な商売に就いているだけなのだと信じたい

ところで、上の論語の一節には、次のような続きがある。
道之以徳、齊之以禮、有恥且格
これを道びくに徳を以てし、こてを斉うるに礼を以てすれば、恥ありて且(か)つ格(ただ)し。
要するに道徳万歳、というわけだが、これは孔子の自画自賛なので割り引いて考える必要がある。法治主義に対する徳治主義は、スケーラビリティに欠けるという問題を持っているからだ。

2007-08-30

今回は大谷氏の洞察に感服。でも…

お前はそんなに大谷のことが好きか?

と言われそうで恐いんですが(笑)、今回論うコラムはこれ→『私生活精査し再試験、再採用を
― やる気なくした警官たちの犯行続発 ―
』。

いつもならここからコラムの批判、となるんですが、今回は文句のつけようがありません。警察が吐いた嘘の推理も明解。さすがジャーナリスト。

でも、次の部分が引っかかりました。
まさに友野容疑者が採用された1986年といえばバブルの真っ最中。警官のなり手がなくて、試験らしい試験もせずに人をかき集めた時代なのだ。
ええと…私、その当時某県警(って、どこかバレバレですが)を受験したのですが…恥ずかしながら、

不合格

でした。とほほ。
言い訳をすると、当時でも県警は競争率が結構高くて、反対に大阪府警と警視庁は、大谷氏の言うとおり入りやすかったんですな。

2007-08-28

「前月」と「翌月」を英語で

前から

ヘンだなぁ

と思ってること。


カレンダーの下の

FRONT MONTH
と「NEXT MONTH」

って表現。そうじゃなくて、「前月」って意味なら、

PREVIOUS MONTH

だろ?少なくとも、front monthなんて言い方はしないだろ?

これ、ずーっと前からこうなんだけど…

2007-08-23

ナレーター・阪井あかね

ある日TVを何気なく見てると、ダンスミュージックのコンピレーションCDのCMが流れてきた。
CDのタイトルなんか忘れちまったけど、ナレーションの女声が女好きのオレを虜にした。
それからTV番組で何度もそのハイテンションな声を聞いた。
けど、その声の持ち主の名前は杳として知れずじまい。


それが、今日やっと解決したのさ。


今日、点けっぱなしにしていたTVで、『明石家さんch』の専属アナウンサーのオーディションだった。
大して興味も無かったんで、他の用事をやっつけてたら、愛しのあのハイテンションヴォイス!
そう、オーディションに彼女が出ていたんだ!
名前のみならず、ご尊顔まで拝めるとは!

彼女の名前は、

阪井あかねさん

公式プロフィールは、ここ
「阪井あかね?聞いたことねぇなぁ」ってヤツは、サンプルヴォイス(MP3、音声注意)を聞け。

「ああ、この声なら知ってるぜ」

だろ?

2007-08-11

コンセプチュアルアート・マンガ

コンセプチュアルアートと釣り』で、コンセプチュアルアートについて書いたんだけど、でも、私は根っからの無粋者。芸術なんてものは、これっぽっちも解しません。
では、なんでコンセプチュアルアートなんてものを知ったか、つーと、情報源は実はマンガ。ヤングキング誌に連載中のマンガ、『聖★高校生』。



このマンガ、コンセプチュアルアートがメインテーマ(の一つ)。コンセプチュアルアートをメインテーマにしているマンガなんて、他にないんじゃないかな(ヤンキー雑誌に連載されているくせに…てか、そのヤンキー雑誌を毎号買っているオレって一体…)

あ、でもこのマンガ、健全な善男善女には非オススメ。だって、表面的にはエロマンガだもん。しかも、ノーマルから始まって、レイプ、レズ、SM、女装、ゲイ・レイプ、ボディ・ピアス(局部に)、などなど、ブログには書けるけど、とても口にはできないエロのオンパレード。多分、連載の一週分だけど読んだら、コンセプチュアルアートがメインテーマになっているなんて思えないこと請け合い(笑)。
それでも読んでみたい人にだけオススメします。

2007-08-09

アウン・サン・スー・チー軟禁

ビルマ(ミャンマー)の民主化運動指導者アウンサンスーチー女史は、2003年から現在に至るまで自宅軟禁されています。
この問題に対して国連は、特使をビルマへ派遣しました。特使にはがんばってってほしいものです。

ちなみに、特使の名は

ガンバリ氏。

ガンバリ氏、がんばれ!
時事ドットコムの記事

ところで、アウンサンスーチーという名前は、父の名「アウンサン」、父方の祖母の名「スー」および母の名「チー」をつないだ名前ですが、ビルマ族は姓を持たないので、彼女個人の名前としては、どこで区切ることもできません。

2007-08-08

コンセプチュアルアートと釣り

ネット上でも物議を醸しておりますが(痛いニュース(ノ∀`)など)、フランス北西部の世界遺産「モンサンミシェル」で京都女子大学生が「エコロジカル・アート」を繰り広げたらしいです(毎日の記事)。これは、京都女子大学土田隆生教授の指導の下、1994年から行われているものらしいです(エコロジカルアートプロジェクト(EAP)のページ)。

この手のパフォーマンスは、コンセプチュアルアート(conceptual art)と呼ばれるもので、いわば、

目立ちたがり屋の一発芸

みたいなもんです。そういうものに対して「意味がわからん」と言う批判をするのはナンセンス。製作者側はむしろ、「お、釣れた」とほくそ笑むことでしょう。2ちゃんねるの釣りと同じ。
否定したいなら、無視するのが一番。次善策は

「釣れますか?」

と返すことくらいですかね。

ところで、先に紹介したEAPのページですが、仮にもアート・芸術を主張するプロジェクトのページに、美的感覚がまったく感じられないのはいかがなものでしょうか。このセンス、まるで、1990年代にタイムトリップしたかのようです。
Internete Explorer 推奨 他のブラウザーでは、画面が乱れることをお断りいたします
なんて書いてありますが、IEで見ようとFirefoxで見ようと、美しくはありません。
大体、
エコロジカルアートプロジェクト
(下線は私が引きました)みたいに、半角片仮名を使っても気にしない様な人に、アートを自称して欲しくありませんな(意図的に使う場合を除く)

まあ、美的感覚では、私も人のことを言えた義理はないのですが…

2007-08-03

IQが高くなれば高くなるほど、性交渉経験率は下がっていく

元ネタは『IQが高くなれば高くなるほど、性交渉経験率は下がっていく』。記事の中では他にも、
圧倒的に理数系科目を選んだIQの高い学生は未経験率が高くなる
とも言っています。
若いころに理系の面白さに目覚めちゃったりすると、必然的にIQは高くなるだろうし、性的なものに向けられる興味も興味全体の割合に対して下がってくるだろうことは想像に難くありません。逆に、性的なものに興味を持っていかれ過ぎちゃうと、言わば本能で動く部分にエネルギーを持っていかれちゃって、大脳新皮質は発達せず、IQは下がっちゃうんじゃないかと。
たぶん、私も高校生くらいのころにsex, drug & rock'rollなんて覚えてたら…いやいや、クスリとロックは今でも大して興味は持ってないので関係ありませんけど、バイクとセックスを覚えてたら、勉強なんか全然しなかったと思います。
…てか、もともと勉強なんか全然してませんから、大した差はないかもしれません(笑)。

ところで、この記事の中では、IQが低い場合のことについても言及しています。
IQが高すぎる場合と低すぎる場合で性交渉経験率は下がっていく傾向が確認できた
つまり、IQが低すぎるのもやっぱりダメだ、と。コミュニケーション能力の問題かなあ。

理系にもコミュニケーション能力不全は多いかもしれません。人間でない研究対象に集中していてもOKだからね。

2007-07-19

別の見解も

仕事が忙しくて更新できませんでした。すまぬ。

それはともかく、またまた大谷昭宏氏ネタなんですが、今回は氏のコラム『見舞金すら出さぬ美しい国 ― これでいいのか中国残留孤児への支援策 ―』について。

今回は珍しく、氏の意見に全面的に賛成です。残留孤児には手厚い保護政策が必要でしょう。

ただ、次の部分が気にかかりました。残留孤児である伊藤勝美さんの発言です。
「裁判所は、戦争の災禍は等しく国民の上に降りかかった。孤児だけが特別ではない、と言います。本当にそう思っているんですか。日本が侵略した国に女と子どもだけが残された。その人たちがどんな目に遭うか。国はそれさえも想像できないと言い張るのですか」
辛い目に遭われたことは本当だろうし、理解もできます。
しかし、それに対して、国だけを批判するのはどうでしょうか。彼女と彼女の母親が満州に残されたのは
勝美さんの父親は旧満州で現地応召
されたからです。現地応召と言うことは、満州現地で召集令状を受け軍務に就いた、つまり、兵隊に行く以前から満州に居た、ということです。なぜ現地に居たかというとおそらく、満州に殖民したからでしょう。満州殖民は何も、国家が強制したわけではありません。各個人の判断で満州へ渡ったはずです。
日本が満州を侵略したというのなら、彼の父親は自分の判断で率先して侵略の片棒を担いだ、と言えるのではないでしょうか。「日本が侵略した国に女と子どもだけが残された」ことに対して、日本が戦争に負けたのが悪い、と言うのなら正当な批判ですが、日本が他国を侵略したのが悪い、と言うのなら、それは彼等家族自身にも向けられるべき批判です。

ところで、残留孤児問題は私にも無関係ではありません。私の父は幼い頃に満州で育ちましたし、父方の祖父は満州鉄道に勤務していました。父が残留孤児になっていた可能性は十分にありますし、もしそうなっていれば、私は生まれていなかったでしょう。
その祖父から聞いた話ですが、終戦となり、日本に引き上げようとした祖父達に向かって、現地の支那人達が「今日本に帰ってもロクなことはない。ここに留まった方がまだマシだ」と言って引き止めたのだそうです。祖父達は、現地人からそれなりに尊敬されていたようです。でも一方、戦中に支那人を苛めていた日本人は、袋叩きに遭っていたそうです。
伊藤さんの両親が支那人を苛めていたかどうかは知りませんし、断言する材料も持っていません。しかし、一概に残留した日本人達が酷い目に遭ったか、というと、そうではないと思います。何故なら、親切に親切で報いる支那人もたくさん居るからです。

2007-07-02

結論が逆じゃない?>大谷昭宏氏

今回は珍しくほとんど大谷氏の意見に賛成…なのだが、なんで最後だけそーなるの?ってのが氏のコラム『裁判員制度を拒否したくなった ― 無実男性の願い撥ねつけた富山地裁 ―』。

先日無実が明らかになった強姦冤罪事件を取り上げているのだが、
いま、裁判員制度に参加したくないという国民の大きな理由の一つに「冤罪だったとき、生涯、罪の意識に苛まれる」というものがある。
と、ここまでは異論はない(法理論的にはいろいろあるんだとは思うが、そこは私も詳しくない)。

でも、その後の最後の部分は疑問だ。
こんな人間性のカケラもない裁判長の横に、健全な国民を置いてはならないのである。
「人間性のカケラもない」は言いすぎだと思うが、そこは目を瞑るとしよう。でも、そういう法曹界に欠けた「人間性」を取り戻そう、というのが裁判員制度の目的だ。今回のケースでも、裁判員制で裁かれていれば、証人喚問を行うべきだ、と裁判員が主張した可能性は非常に高いはずだ。それに、裁判官が犯した間違いも、複数の裁判員が精査すれば正すことができるかもしれない。

裁判員制度に参加したくない、と考える人が居ても不思議はないと思う。冤罪事件に加担することになっては、と心配するのも当然だからだ。
しかし、裁判官に人間性が欠けているから、という理由で裁判員制度に参加したくない、と考えるのは論理が破綻している。裁判官に人間性が欠けているなら、それを補うために何らかの対策が必要だと考えるのが論理的。その対策の一つとして裁判員制度が生まれたのだから、むしろ裁判員制度を支持すべきだ。
なんで大谷氏はこんな簡単な論理を理解できないのだろう…

2007-06-07

『ウェブ社会をどう生きるか』西垣通

今日買った本。まだ読んでない。

「ばっかじゃないか」って…TBS井上弘社長

iza!の記事『TBS社長「ばっかじゃないか」 別選手にも接触していた』より。
TBSの情報番組が、ゴルフの関東アマチュア選手権に出場した石川遼選手(15)のプレー中の声を無断で拾うため、同じ組の選手にマイク装着を依頼した問題で、番組のスタッフが別の2選手にも依頼を試みていたことが、六日分かった。
<<略>>
TBSの井上弘社長は同日の定例会見で「ばっかじゃないか。非常に腹立たしいし不愉快。(石川選手には)申し訳ない」と話した。
まあ、直接自分がしたことじゃなくて、馬鹿な部下がやらかしたことだから、「馬鹿じゃないか」とか「腹立たしい」とか「不愉快」とか思うのはよく解る。
けど、その馬鹿をやらかした組織の長として

公式会見で言う内容じゃない

ね。社内向けの訓示としても、もう少し品よく。大企業の社長なんだから。ま、

飲み屋のママに愚痴っとけ、

って感じ(全国の飲み屋のママさん、申し訳ないがこんな馬鹿達の愚痴を聞いてやってください)
まあ、この馬鹿社長にして馬鹿部下あり、ってとこです。

多分、現場取材なんてのは制作会社の仕事。でも、下請けだから責任を免れるって訳じゃありません。問題の番組「ピンポン!」は、 製作:TBS、 制作:TBSテレビ。株式会社TBSテレビは、株式会社東京放送(TBS)の連結子会社。TBSテレビから下請け番組制作会社へ発注するのだろう。ということは、TBS井上社長から見れば、番組制作会社は孫請けってことになるんでしょう。けど、製作総指揮は、実態としてはTBSテレビだかが取るんだろうし、そうである以上、監督責任は免れないよね。

2007-06-06

と思ってたら、もしかしてブログ探偵も?!

裏ブログ探偵消滅か、なんて書いてたら、実は表のブログ探偵も見た目は同じ状況ですね。


ついに来るべき日が来ましたかね…

裏ブログ探偵消滅…?

えー、さる猿で立ちゴケしたお方からの情報によると、

裏ブログ探偵消滅

だそうです。確かにアクセスしてみると、


って画面が表示されますね。

2007-06-05

フレンチキス

性格の悪い男、それは私。りょうです。


最近忙しかったので、ブログ訪問も怠っていたのですが、おわわさんのブログ『another way』で、久々に伺ったにもかかわらず、

あげあしとり

をしてしまうという、こりゃまた大変失礼なことをやらかしてしまいました。

申し訳ありません>おわわさん。

どんなあげあしだったかというと、

お題はフレンチキス

です。フレンチキスとはどういうキスでしょうか?

<<しばらく考えてみてください>>






答は、舌を絡めあうような

ディープキス

のことです。軽めのキスという意味でよく使われていますが、これは誤解です。英和辞典で調べてみると、
French kissフレンチキ((舌をからませる))
とあります。

さて、なんでこんな誤解が広まったんですかね?私は、フレンチポップの軽めでオシャレなイメージからの連想かな、なんて思ってますが。
でも、フランス映画はわりとドロドロの恋愛物とかが多いような気がするなあ。フランス料理は結構重めだし。
フレンチドレッシング、フレンチフライ、フレンチトースト…うーむ。

そう言えば英語では、French leave=無断で(挨拶なしで)帰ること、とか、French letter=コンドームとか、悪い意味にFrenchが使われることがよくあるようです。

2007-06-04

チョコとグレイシー柔術

って、まったく関係ないんですが、前にも取り上げた北海道のチョコレートメーカー、


と、ブラジリアン柔術で有名なグレイシー一族の


は、どちらも

Royce

なんですね。
そんだけ。

『新・印度林檎之介の冒険』をリンク / ブログ探偵…もうダメかも

みんなの人気者印度林檎之介さんの新ブログ、


をリンクしました!ブログ探偵の方がアクセスできなくなったからとのこと。



元々調子のよくなかったブログ探偵ですけど、ついにトップページにすらアクセスできない状況になってますね。復旧するといいんですけど…望み薄かも知れません。

2007-06-03

確かに「親学」は問題はあるが…大谷昭宏氏

ええと、最近大谷昭宏氏ネタばっかりなんですが…『子守歌と母乳で育てろだと ― あまりにくだらない「親学」の中身 ―』は…

確かに教育再生会議が提言した「親学」は、目的はともかく、内容のレベルが疑われるようなものではあった。でも、大谷氏の批判もレベルが低い。
先週は43年ぶりに小中学生の全国一斉学力テストが実施された。私立の小中学校の4割もが参加しない学力テストなんて何の意味があるのか。
要するに氏は「意味がない」と言いたいのだろう。しかし、そんなことはない。なぜなら、小中学校における私立学校の割合は、ごく少ないからだ。全小学校における私立の割合は0.8%。その4割が参加しない、と言うことは、参加しない私立小学校は、全小学校の内の0.32%にしかならない。逆に言えば、99.6%の学校が参加したということ。中学校で言うと、もう少し数値は下がるが、それでも97%以上の参加、という数値を得る。
これに意味がない、というのなら、一体どういう調査になら意味があるというのか。何が何でも100%でないと認めない、とでも言うのか。もしそうだったら異常なまでの完璧主義と言わざるを得ない。それでは世の中の大抵の調査は無意味、ということになるだろう。多くの調査は、全数調査でなく、標本調査に拠っている。
結局は安倍総理が提唱している学校バウチャー制度、学校間に格差をつけて、優秀な学校にはより手厚く、ダメ学校は切り捨てる。
そのような懐疑を抱くことは、ジャーナリストとしては当然かもしれない。しかし一方で、現実に存在している学校間の学力格差という問題を、氏はどのように解消すればいいと考えているのだろうか?問題の正確な把握なしには、問題の解決はありえない。学力調査をしなければ、学力格差は解消されない。
#学力格差を調査しなければ、学力格差は「ないことになっている」から、それに対して「対策しない」ということなのか?まさかそんなことはあるまいが。
#『口だけ出す人が何より困る』らしいが、反対だけする人は、その中の最たるものだろう。


子守歌を聞かせて母乳で育児しろだと。えっ、それじゃあ何かい。「浪曲子守歌」じゃないけど、逃げた女房に未練はないおとっつあんが、お乳欲しがるこの子 がかわいい、と言いつつ、子守歌など苦手な親父のド演歌のひとつもうなって聞かせたんじゃ、ロクな子どもは育たないというのか。
親学のレベルも低いが、この反論もレベルが低すぎ。言いがかりに過ぎない。現実の教育問題では、一つの要因が結果を支配してしまう、ということは殆どありえない。もしそうなら、そんな単純な問題はとっくに解決しているはず。現実には、複数の要因が関連して結果が生まれている。教育再生会議だって、子守唄を聞かせなかったら即ロクな子供が育たない、などとは当然言っていない。挙げた例の内、複数のものが「ダメ」なら結果も「ダメ」の可能性が高い(のではないか)と言っている。
その子どもに将来、何かあったとき、母親は、自分はあの親学の通りには出来なかった、この子に申し訳のないことをしてしまったと悩まなければならないのか。
これまた無意味な反論だ。親学の通りのできたかどうかはともかく、どちらにせよまともな親なら「その子どもに将来、何かあったとき」には悩むに決まっている。親も人間。完璧ではないのだから、いつも悩みはあるだろう。逆に、親学がなければ親は「その子どもに将来、何かあったとき」に悩まなくて済むという問題でもない。
それに有識者のみなさんはずい分とテレビがお嫌いなようだが、テレビにも素晴らしいドキュメンタリーや、大自然や動物の世界を描いた心揺さぶられる作品も ある。反対に演劇にも、小難しい自己表現とやらで、頭がこんがらがってくるような駄作もある。何を基準に演劇を鑑賞しろ、と声高に叫んでいるのか。
その理由は簡単。TVには「古典」がないからだ。古典とは、時間の淘汰に耐えた優れた作品のこと。TVにはそれがないが、演劇にはある。古典になっているかどうかを「基準に演劇を鑑賞しろ」と言えば十分。「小難しい自己表現とやらで、頭がこんがらがってくるような駄作」は、少なくとも古典には含まれない。
一方、確かに過去優れたTV番組もあった。しかし、それは現在放送されてはいない。高々数十年の歴史では、古典と呼べる時間の淘汰に十分とは言えない。再放送は何度かされるだろうが、数十年に何度かしか鑑賞・評価されないのでは、なおさら時間の淘汰が不十分。つまり、TVでは古典を基準に選択はできない。
また、駄作と名作の割合を論じないというのも乱暴な意見だ。日々新しい番組を制作し続けねばならないTVは、必然的に駄作の山を築く。演劇にも駄作はたくさんあるだろうが、稽古を重ねて上演される演劇の世界は、TVに比べれば品質が高くなるだろう。
TVは許認可事業。寡占市場のため競争原理が働きにくい。このことも、番組のレベルに影響を与えているだろう。

追記2007.6.5(火):
学力テストへの参加校数だが、asahi.com記事に正確なデータがある。これによると、
参加校の内訳は小学校2万1952校(99.64%)▽中学校1万501校(97.54%)▽中高一貫教育をしている中等教育学校22校(88.00%) ▽特別支援学校(旧盲・聾・養護学校など)281校(99.65%)。
とある。私の試算は、Wikipedia記事を基にしたが、ほぼ正確だった。私立・公立学校数については、文部科学省の発表資料(PDF)がある。

2007-05-29

検閲: この人、ツッコミどころ多すぎ→大谷昭宏氏

うへー、連続で大谷氏のコラムを取り上げちゃうよ。この人、ツッコミどころ多すぎなんだもん。

まずは、『改憲を叫ぶ男に託していいのか ― 問いかけこそメディアの責務 ―』を読んでもらいたい。要するに、

戦争反対!
九条改悪反対!

ってこと。賛成はできないが、そんな主張があっても構わない。これだけなら筋は通っている。

次に、『米より怖い日本銃社会 ― 規制できず取り締まれず ―』を併せて読んでみよう。こっちの方では、
つまり目に見えないものは、とりあえずなかったことにしておく。ないことにしてあるんだから、その対策なんてもってのほかという、いい加減な社会ではないかということなのである。
と書いている。つまりこれは

銃→ないことになっている→対策しない

ということへの批難だ。

前者はどうか。九条一項は、素直に読めば、いかなる戦争もを否定している。そういう意味では、戦争は「ないことになっている」。従って、戦争への「対策」は不要。なので同じ九条の二項で軍隊の保有も否定している。つまり、

戦争→ないことになっている→対策しない

ということではないのか。論理構造はまったく同じなのに、一方は批難し、もう一方には目を瞑る(というか、積極的に支持する)のは何故なのか。

検閲: 大谷昭宏『嗜好の違いも許されないのか ― 「禁煙の憂うつ」コラムに相次ぐ抗議 ―』

前にも『大谷昭宏って人の意見は、まったくもって論理ってもんがない』で取り上げたジャーナリスト・大谷氏。またまたやらかしてくれてます。氏のコラム『嗜好の違いも許されないのか ― 「禁煙の憂うつ」コラムに相次ぐ抗議 ―』をまず読んでみて下さい。

端的に言って、この件、
少々ブラック過ぎるユーモアを言った人
(小出宣昭氏)

シャレ通じない人

が居た、ってだけの話でしょ。
シャレが通じない人達へは、

ユーモアへの理解度で、その人の
文化レベル
が計れるらしいですよ。

とでも言ってあげれば良いだけ。
嗜好の違う人を許さない原理主義ではないのか
なんてユーモアのカケラもない反論をするのは

野暮に野暮を重ねる

ってもんです。原理主義社会も心配ですが、シャレの通じない社会の方が心配です。シャレが通じるなら、多少の原理主義なんか笑い飛ばせます。

ところで、小出氏のコラムは、ブラック過ぎるんだから、文句を言われて当然。笑いの中でもブラックユーモアは超高等技術。シャレが通じないのは、シャレが下手ってだけ。その点は反省した方が良いでしょうね。スー族の名誉のため、今後の精進されるがよいでしょう。

2007-05-23

検閲…できないっ!きこうでんみさAVデビュー

最近すっかり硬派なブログで通っている検閲日記ですが、久々に探偵ファイルネタ。
昔、探偵ファイルに


が在籍してましたよね。きめ台詞(?)の「はきゅん(HQN)」とか独特のキャラで、個人的に好きだったんですが、いつの間にか探偵ファイル上では見なくなっていました。

でも、2007年4月25日、ファーストヌード写真集



発売。
続いて2007年5月3日、



AVデビュー…。どうしちゃったんでしょう?

きこうでんみさ個人ホームページ
きこうでんみさ公式ブログ
所属事務所ホームページ
WikiPediaの記事「きこうでんみさ」


2007-05-07

朝日新聞『60歳の憲法と私』浦部法穂氏

にも取り上げが、朝日新聞に「60歳の憲法と私」という連載コラムが載っている。朝日新聞のサイトにはないが、ここに全文が引用されている。

一読しての感想は「また胡乱な」だ。まず冒頭からが胡乱だ。
具体的に憲法のどこが悪いのかがきちんと議論されているわけではない。
嘘を言ってはいけない。まず、氏が挙げたような「環境権やプライバシー権、犯罪被害者の権利」に関してはいろんな議論がなされている。だからこそ氏も
時代が必要としている権利を盛り込むべきだという議論がある。
と書いているのだろう。
氏が主張するように、これらを敢えて憲法に盛り込まず、第13条から導出すればよい、という意見はあっても構わない。しかし、この議論自体を行わないとか、あった議論をなかったことにするような発言はおかしい。

他にも現憲法について、「具体的に」「どこが悪いのかがきちんと議論されている」例はたくさんある。例えば、私学助成金との矛盾を指摘されている第89条
第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
の問題を憲法の専門家である氏が知らないはずはない。この条文は、私学助成金だけでなく、NPOへの支出でも問題になるはずだ。

また例えば、第9条。完全な非武装平和主義者でない限り、第9条になんの矛盾もない、とする人はいないはずだ(完全な非武装平和主義者は、第9条には矛盾はなく、実際に行われている政治に憲法との矛盾を見出すだろう)。もちろん、具体的な議論が行われている。

以上、現憲法について「具体的に」「どこが悪いのかがきちんと議論されているわけではない」というのは、間違っている。端的に言って嘘だ。嘘でないと言うのなら、その理由を説明すべきだろう。とは言っても、嘘は嘘で、いくら言い繕おうが嘘でない事にならないが。

「胡乱だ」と感じた点は他にもある。氏はとにかく解釈改憲が好きなんだろう、ということだ。例えば、前にもあげたが、第13条の問題だ。
13条は包括的な人権保障規定であり、いわば「ドラえもんのポケット」のようなものだ。
どんなものでも導出できる規定、という胡乱なものに、何の危険も感じないのだろうか?人権というのは、そんなに手放しで素晴らしいと言える様な完全無欠なものなのか?

おそらく、第9条の問題を取り上げないのも解釈改憲主義者だからだろう。でも、軍事という非常な危険なものを解釈次第で変えることができるものでしか縛らない、ということに危険を感じないとすれば、「鈍い」としか言いようがない。

解釈次第で憲法の内容が変わる(あるいは、変わりやすい)というのは、果たして「憲法が大切にされている」と言えるのか?それは、憲法が権力を縛るのではなく、権力の地位に就いたものの解釈が権力を縛る、ということだ。これは、
憲法が大切にされないとどうなるか。憲法が権力を縛るのでなく、権力が正義そのものになる。やがてナチスが台頭し、ヒトラーは正義を掲げて独裁者となった。
と氏が主張しているような「権力が正義そのものになる」状態だ。つまり、解釈改憲は危険なものであり、それを(できる限り)許すべきではない、と結論付けねばならない。なのにそう主張しないのは、憲法学者のテリトリーを死守しようとしてるからだ、と考えるのは穿ち過ぎだろうか?

最後に、氏は次のようなことをさらっと書いている。
現憲法は国民の権利について、「公共の福祉」に反しない限り尊重されるとしている。それは他人の人権を侵害しない限りという意味だ。
はっきり言って、そんな解釈は初めて聞いた。Aさんの人権とBさんの人権は、無矛盾であるはずがない。人権と人権が衝突することは当然ありうる。しかし、AさんとBさんは、平等なのだから、何らかの調整が必要になる。これは当たり前のことだ。憲法に明記する必要がない。なのにそれがわざわざ憲法に書いてあるとする主張には無理がある。
第一、「他人の人権を侵害しない」ということを「公共の福祉」等と言う言葉で表さねばならない理由が解らない。逆に、「公共の福祉」という言葉を聞いて「他人の人権を侵害しない」と解釈する人はほとんどいないはずだ。もし氏の言うことが本当だとしても、そんな不自然な言葉遣いは訂正すべきだ。結果として改憲賛成、とならなければならない。でも、氏の結論はその全く逆だ。

なぜこんな胡乱な意見を嘘をついてまで主張しなければならないのか?非常に理解に苦しむ。

追記 2007.5.6(日):
「公共の福祉」を「他人の人権を侵害しない」と解釈するのは、一元的内在制約説と呼ばれ、通説となっているようです(Wikipediaの記事)。私の不明でした。でも、非常にわかりにくい言葉・解釈であることには違いないですね。もしそのように解釈するなら、はやり表記を改めるために改憲すべきでしょう。

2007-05-05

不思議な言葉『営業』

知っている人は知っているでしょうけど、私は所謂システムエンジニアでお給金を戴いているサラリーマンです。で、私の所属する会社はそこそこ大きい会社なので○○事業本部とか△△事業部とか××部とかがあります。当然私の所属する部署は技術者が所属しそうな部署名が付いています。
それはいいのですが、昔から不思議に思っている部署名があります。経理部・総務部・人事部・法務部・技術部…これらの部署名は不思議じゃありません。名前と中身がほぼ一致していますから。不思議なのは、おそらくは日本企業のどの会社にもあるであろうと思われる

営業部

です。「営業」とは一体なんだ、と。私は技術者ですが、技術者の仕事は「営業」ではないのか、と。辞書を引いてみると、
えいぎょう【営業】
(1)営利を目的とした事業をいとなむこと。また、そのいとなみ。「―時間」「運送会社を―する」「九時から―する」
(2)〔法〕 営利を追求して同種の行為を反復継続する活動。また、営業目的のために投入された人的・物的手段が組織的・有機的に統一された事業体。
とあります。技術者も会社の利益を上げるために「営業」しています。もちろん、そういった目的のために人的資源として組織に投入されています。
上で挙げた経理部・総務部・人事部・法務部なんてのは直接利益に関係しない間接部門ですし、研究部門も直接には利益を生みませんので「営業」には当たらないかもしれません。でも、直接顧客と対話するエンジニアがいる部門や、顧客に納入する製品を製造している部門も「営業」のはずです。なのに、営業部だけがなぜ「営業」部なのか。

もう一度辞書を引いてみましょう。「営業」を例えば英語ではなんと言うか。
えいぎょう 営業
business; trade.
逆に引くと、
business
n. 事務; 業務; 職業; 実業, 営業, 商業, 商売; 会社, 店; 仕事; 用事, 用件; 議事(日程); 本分; 関与; 事件; (劇の)しぐさ (action).
trade
n. 商業, 商売; 取引 (make a good ~); 貿易, 交換; 職, 手職 ((大工・左官など)); ((集合的)) (同)業者; ((集合的)) 顧客; (the ~) …業[界]; (the ~s) 貿易風.
v. 商売[取引]する ((in, with)); 売買する; (物々)交換する; 〔米〕 得意客である ((at, with)).
で「営業部」の「営業」に当たる意味に当たるのは、tradeの方で、「取引」「商売」に当たると言えるでしょう。
一方、英語で営業部のような部門をなんと呼ぶかといえば、普通はSales Divisionです。逆に日本語に訳せば「販売部」です。

なんとなく、不当に理系の地位(もしくは賃金)が低く抑えられてきた日本の事情と関係あるのではないかと思う次第です。

2007-05-03

最近買ったもの:さて、これは何でしょう?

さて、これは私が最近買ったものです。これは何でしょう?











では正解。
これは琉球硝子の金魚の置物です。あ、ホントは灰皿のようですが、私は煙草を吸わないので。口の中の舌のように見えるところに煙草置の溝が作ってあります。縦置きにした場合は、口角の部分が煙草置になるようです。
置物、と言っていましたが、実は写真では、口の中に一枚だけ五百円玉を入れてあります。計画としては、貯金箱になる予定です。

2007-04-19

アインシュタインにまつわる都市伝説

日下公人氏のコラム『外国との対比で見えてくる日本精神の独自性』を読んだのですが…ちょっとヘンです。いつものように、いちいち揚足を取っていきます(笑)。
日本について外国人が語った資料としては、中世に日本にやって来た宣教師たちが書いたものが残っている。そして、明治時代になってから外国の公使や外交官が書いたものがある。

 そうしたものを読むと、だいたいは日本に対して好意的に書かれている。それは、宣教師たちは骨を埋めるつもりで日本に来て、日本で暮らしながら日本を見たからだろう。

 また明治時代の公使や外交官などは、任期が20年くらいあるのが普通だった。長く住むために、日本のことをよく勉強したという。だから好意的になったのだろう。
まあ、そういうこともあったんだろうけど、日本に来た宣教師が、イエズス会本部宛に「早く帰して欲しい」という手紙を送ったって話も聞いたことがあるし、日本以外の国へ派遣された人たちはどうだったのか、という疑問もあります。
いずれにせよ、そんなに単純に言ってよい問題ではない気がします。

後世では、「こんな素晴らしい国は世界にずっと永遠に残っていただきたい」とアインシュタインが語った話は有名だ。
この話は確かに有名です。ただし、日下氏が言うのとはまったく違う意味で、だけれども。この話は近年、作り話だという説が有力になってきています(参考:『アインシュタインの予言』)。つまり、都市伝説として非常に有名になった話なのです。

日本には、評判というシステムがある。評判で世の中が動いていくのが一番いい。日本はそれを発見して実践している。米国では、評判が立つ前にうまいことを言った人が勝つ。
んー、そうかなあ。一方的な見方だと思うなあ。だって、多くの日本人は「あるある」の嘘に騙されましたよね。あれは、「あるある」が「うまいこと言った」からだったのか、あるいは「あるある」から評判が立った結果、騙されてしまったのか。いずれにせよ、上の説を否定することに役に立っても、肯定することはありません。
間違った評判のために被害を受ける、って話もよくあります。
なんか、日本を持ち上げたいという意図が先走ってる印象が拭えません。

そのフランス語が標準語になってから、まだ数百年ほどしか経っていない。

 英国はどうか。近代英語がいつ出来たかというと、だいたい400年ほど前に、現在の英語らしくなってきたという。それは、聖書を英語に翻訳して広めたから、英語が普及したのだ。

 一方、日本語はだいたい2000年ほど前に成立したといわれている。
言っていることは間違ってないけど、近代英語を引き合いに出すなら、やはり日本だって近代日本語を引き合いに出すべきで、それなら明治時代以降、長く見積もったって江戸時代より前には遡れないんじゃないでしょうか。ならば高々400年ほど前にしかなりません。
フランス語は、ラテン語の一方言であったのは確かです。しかしそれを言うなら、現代の標準日本語だって、関東方言を元に作られた物です。
いや、日本語はその前からあった、というなら、フランス語のご先祖様・ラテン語を比較対象にすべきで、こっちは二千数百年の歴史があります。多分、現代のフランス人は、(古)ラテン語を話せないとは思いますが、これは現代の日本人が上代日本語を話せないのと同じことです。

杉山佳寿子の黒歴史?

何を隠そう隠してないが、わたくし・りょうは中学生の頃、

アニヲタ


でしたョ。
ま、当時ガンダム全盛で、ガンダムを語ってないヤツラは大抵、

横山銀蝿




ホントにチェック柄のユニフォームを着た
チェッカーズ


のファンで、センスの良し悪しはお互いに問えない世代だったということで一つ。

それはともかく、当時は空前のアニメブームで、声優名義のオリジナルアルバムが出始めていました今では声優名義のアルバムは珍しくありません
で、実は私が生まれて二番目に買ったアルバムというのが実は、

寝た子を起こせ!!
杉山佳寿子(1981)


でしたよかった、一番目じゃなくって…ちなみに最初に買ったのは、「虹伝説」高中正義(1981)です。アニヲタの癖に音楽はフュージョンというミョーな子だったのです>私
杉山佳寿子?知らない」という人でも、ハイジの声やリカちゃん電話声(初代)と言えばすぐに解るんじゃないかと。

しかし、このアルバム、彼女の公式プロフィールでは触れられていません。Wikipediaでも同様。ぐぐってもほとんど情報が見つかりません。
彼女にとって黒歴史なんでしょうか…
でも、私にとっては思い出深い作品です。

ここに曲目リストがありました。

2007-04-18

検閲: 雪天を晴らしてはならぬ?



スポーツナビ記事より。

晴らすなら「屈辱」、
果たすのは「雪辱」


です。




「雪辱」の「雪」には「そそぐ(雪ぐ)」、つまり「洗い清める」という意味があります。「雪辱」とは、「辱めを洗い清める」ということ。
一方、「屈辱を晴らす」の「晴らす」には「心の中の不満や疑いを消して気持ちをすっきりさせる」という意味があります。
「雪辱を晴らす」は、「馬から落馬」「頭痛が痛い」のような重複表現ということになります。

2007-04-13

福岡県人会: 博多五行

えー、県人会活動が滞っとります。申し訳なかです。というわけで、久々の県人会記事。

先日、

麺酒家博多五行


へ行って来たばい。結論ば先に言うと、

うまか。


のひとことたい。最近リニューアルオープンしたとか。
焦がし醤油麺と鶏塩麺を試したっちゃけど、

焦がし醤油麺は絶品


ばい。汁の表面が真っ黒やけんよぅ判らんかったけど、割と長時間麺がアツアツなとこば見ると、味噌ラーメンと同じように結構油が浮いとるんやろうけど、それが全然気にならん。焦がしの風味がもう病みつきたい。
鶏塩の方は、ちょっと味付けがしょっぱい気がするっちゃけど、これもうまか。麺は焦がし醤油と鶏塩で変えてあろぅごたぁ。
それに、

接客がよか。


気持ちよく食べられたばい。無理言って夜のメニューば見せてもらったけど、快ぅ対応してくれたばい。こりゃぁ夜のメニューも期待できるっちゃなかろうか。

あと、ここはお冷には、水の代わりにアイスティーが出てくると。アールグレイやと。これもまた素晴らしか。

ところで、調べてみると、ここは一風堂で有名な力の源カンパニーの系列店とか。さすが。でも、一風堂の味とは全然ちがうばい。いっぺん試してみらんね。

福岡県人会記事一覧
えー、デートのお申し込み、受け付けております。

2007-04-12

検閲:『ラブホで着るジンベェ』 by BOSS@探偵ファイル

探偵ファイルにBOSS企画『食う寝る遊ぶ』(またの名を「大人のスポ☆バラ」)ってのが2006年10月から始まってますね。誰かが「BOSSの面白くない記事」なんて書いてましたが(笑)、確かに面白くない記事も散見されます(大人用語)。

その企画の今日の記事がこれ>『ラブホで着るジンベェ
確かにラブホのパジャマはカッコよくない…らしい。私は公称身長178cmだけど、大体寸足らずでみっともない格好になる…んじゃないかなあ。これは賛成。

でも、これはどうか?
逆に女性の正統派は下着のみですか?(´▽`*)
えっちする前に下着でウロウロするのはもっとNG。それでムラムラするのはバリ性欲のみの青少年だけ。
で、BOSSが勧めているのは、
彼のシャツを着る。
愛らしさ、女らしさのカタチ。
なんだそうな。

確かに男物の白いシャツを女の子が着るのは

萌エェェ~


です。はい。私とホテルに入ることになってくれた際は、

是非トライしていただきたい>女性読者。


…。それはともかく、

下着姿を否定するのはいかがなものか。


確かに、恥じらいも無く下着でウロウロするのはどうかと思う。
けど、私のためにわざわざ選んできてくれた下着を愛でるのは男として当然。

ある意味礼儀


だと思う。そして褒める。下着も褒めるし、下着に引っ掛けて本人も褒める。

私もそうだが、きっとここの女性読者は

褒めると伸びる子


だと思うので。

てなわけで、これから更なる成長を望んでいる女子、私と一緒に成長してみませんか?一人で書いててむなしくなってきたョ…

ところで、こんなのとか、こんなのだったら、バリ性欲のみの青少年じゃ無くても喜びますよね。

売春施設に「レクレーション・娯楽協会」って名前を付けるすごいセンス

前の記事で思い出しましたので書いておきます。

産経の記事によると
同報告書はとくに賠償について政府間ではすでに対日講和条約や日韓関係正常化で解決ずみとの見解を示し、もし諸外国が日本にいま公式の賠償を求めれば、「日本側は戦争中の東京大空襲の死者8万人や原爆投下の被害への賠償を求めてくる潜在性もある」とも指摘した。
なんてことを心配していますが、問題はそれだけに留まりません。というのは、米国自身も日本の設置した慰安所~RAA~を利用していたからです。
RAAは日本語では特殊慰安施設協会、英語ではRecreation and Amusement Association、つまりレクレーション・娯楽協会と呼ばれていました。内容は進駐軍(占領軍として駐留した米軍)向けの慰安所、つまりは売春施設です。RAAで働く女性は、内務省の命令によって募集されました。中には、騙されたまま拒否しきれずに仕事をさせられた女性も居たそうです。

つまりは、日本政府の組織的な関与が明確で、強制性を否定できない、ということです。もし、広義であろうと狭義であろうと、強制性があればクロ、ということであれば、RAAはおそらくクロです。政府の命令があるだけでクロ、ということであれば、RAAは確実にクロです。
そして、RAAの客は、日本人ではなく進駐軍の軍人達です。実際に命令を下したのは日本政府でしょうが、米軍占領下という状況を考えれば、もし日本政府がクロなら、米国も責任を免れないでしょう。
仮に日本軍の慰安婦問題がクロだったとしても、賠償は政府間で終了していると言えるでしょうが、進駐軍の悪行は、戦後のことですから賠償問題は解決していない、とも言えます。

さて、米国政府はこのことに気付いてるんでしょうかね。

どっちやねン?>米国議会調査局の慰安婦問題調査結果

まずは、リンク先をご覧下さい。現時点では、次の三つのニュースが見えています。
産経と他の二つはまったく反対のことを言っているように見えます。どっちがホントやねン?!
まあ、中央日報はそんな新聞だし(笑)、時事通信の方は朝鮮日報がニュースソースなので、かなり割り引いて読む必要がありそうです。産経だって偏った記事が少なくないので、どっちもどっちなんですが、少なくとも、産経新聞の記事は、日本にとって有利なことも不利なことも書いていて信用できそうな気がします。
朝日あたりはどんな報道するんだろう?今から楽しみです(笑)。

米議会調査局とは、Congressional Research Serviceのことだと思いますが、少なくともOpen CRSには当該資料は置いてない様です。

2007-04-11

内田樹氏の胡乱なコラム『「軍隊なし」は平和ボケか』

朝日新聞2007年4月10日付朝刊に、『60歳の憲法と私』というコラムが載っていた。いろんな論者を迎え、不定期連載するものらしい。その第一回目は、内田樹氏だ。タイトルは『「軍隊なし」は平和ボケか』とある。ネット上に文章がないため、全文引用する。引用の際のタイプミスは、私に責任がある。
戦争の放棄をうたった憲法9条と自衛隊の不整合というのは、絶妙な政治的トリックだと思う。いわば、羊頭狗肉。羊と狗の間の不整合になんともいえない妙味がある。
9条はアメリカが日本を軍事的に無害化するために与え、自衛隊は軍事的に有用化するために与えた。アメリカの世界戦略の枠組みの中で見ればその二つの間に矛盾はない。自衛隊をつくった時に9条に手をつけなかったのは、東西冷戦のなか、「日本軍」とマルクス主義的反米ナショナリズムが結びつくことを警戒したからだ。9条という縛りがある限り、日本はアメリカにとって「安全な国」であり続ける。
しかし、日本人にとって9条と自衛隊に矛盾がないと認めることは日本がアメリカの軍事的属国だと認めることであり、日本人はそれを受け入れるだけの心理的成熟を果たしていない。そこで、政治的トリックとして、戦後日本のすべての不幸は、9条と自衛隊の矛盾から生まれているという、日本人以外の誰も信じていない「物語」を信じるという病に進んで陥ったのである。
その見返りに、日本は大きな疾病利得を得た。60年に及ぶ平和だ。
「軍隊がないから国際社会で侮られる」という改憲派のロジックを突き詰めると、いずれは日米安保の廃棄、自主核武装、米国を含むどの国とも戦争することのできる「ふつうの国」になるという結論に行き着く。日本が侮られるのは9条があるからではない。アメリカの属国だからである。侮られたくないならアメリカと手を切って「アメリカに核を撃ちこむ権利」を留保するしかない。改憲派の諸君にその覚悟はあるまい。
日本には世界に誇れるものがいくらでもある。サービスの水準は世界最高だし、「水と安全がただ」のエルドラド(黄金郷)だ。世界でも例外的な「美しい国」を60年かけて営々と築き上げてきたのである。
軍事的プレゼンスを取り戻す代わりにこの平和と生活の質を失ってもいいと改憲論者が本気で思っているなら、彼らこそ「平和ボケ」しているのだと思う。北朝鮮のような軍事国家になる覚悟がないなら、改憲は口先だけにしておく方がいい。
まず、改憲すべきと言っているのか、改憲すべきでないと言っているのか、結論が不明確だ。おそらく、最初に「憲法9条と自衛隊の不整合」に対して、「なんともいえない妙味がある」と述べているのだから、不整合ではあるが改憲すべきでない、と言っているのだろう。
ならばハッキリその様に書けば良さそうなものだが、何故は氏は結論を曖昧にしている。これにはおそらく、次のような理由があるのだと私は推測している。
氏は、日本が「国際社会で侮られて」いることを認めていて、その理由を日本が「アメリカの属国だから」だとしている。では、なぜ日本がアメリカの属国であると言えるのか、と言えば、直接には「日本人にとって9条と自衛隊に矛盾がないと認めることは日本がアメリカの軍事的属国だと認めること」だと述べている。
しかしこれは疑問だ。9条と自衛隊に矛盾があると認めれば、日本がアメリカの属国ではない、と言えるのか。そんなことは言える筈がない。氏が「9条という縛りがある限り、日本はアメリカにとって「安全な国」であり続ける」と指摘している通り、「9条という縛りがある限り」、日本はアメリカの属国なのだ。
そしてこのことは、氏が「日本が侮られるのは9条があるからではない」という主張と矛盾する。この矛盾を抱えているため、氏は結論を曖昧にせざるを得ないのだろう。

そうでない、というのなら、9条と自衛隊に矛盾があると認めれば、日本がアメリカの属国ではない、とする理由を述べるべきだ。また、認められたその矛盾を敢えて訂正しない理由も示すべきだ。氏は、それが「絶妙な政治的トリックだと思う」という胡乱な理由で肯定するのみで、具体的な理由を示してはいない。



とまあ、大筋でも曖昧で根拠の薄い主張だが、細かいところもツッコミどころ満載だ。氏は、「9条と自衛隊に矛盾がないと認めること」を「受け入れるだけの心理的成熟を」日本人は「果たしていない」と主張している。でも、それを認めることは「日本がアメリカの軍事的属国だと認めること」だとも主張している。成熟というのは、自国が他国の軍事的属国であることを受け入れることなのか。だとしたら、そんな成熟は、日本にとって好ましいものなのか。
もしそんな成熟が好ましいと主張するのなら、それを基地問題で悩む沖縄の人たちに向かって主張していただきたい。日本は米国の軍事的属国なのだから、お前らも早いとこ成熟して米軍基地を受け入れろ、と。

「政治的トリックとして、戦後に日本のすべての不幸は、9条と自衛隊の矛盾から生まれているという、日本人以外の誰も信じていない「物語」を信じる」とあるが、そんなことを信じている人は、日本人でも外国人でもごく少数だろう。どこの誰がそんなことを信じているのか教えてもらいたい。

「侮られたくないならアメリカと手を切って「アメリカに核を撃ちこむ権利」を留保するしかない」というのは、意味が解らない。もともと非核武装国家である日本には、「アメリカに核を撃ちこむ権利」などない。それを「留保」せよ、とはどう言う主張なのか。しかも「改憲派の諸君にその覚悟はあるまい」というのはさらに意味不明だ。アメリカに対して持ってもいない核兵器を使用しないことに、それほどの覚悟が必要なのか?
おそらく、「保有」の誤記なのではないかと思うが、ならば、「改憲派の諸君にその覚悟はあるまい」という推測は間違っている。今、自主独立・核武装論を主張する人は、決して多数派ではないが少なからず居る(参考)。彼らはもちろん改憲派である。

「「水と安全がただ」のエルドラド」というのも間違った認識だ。水道水は只同然だが、スーパーやコンビニには飲料水が売られており、ごく普通に買われている。安全が只だというのなら、セコムが個人向けサービスを展開することはないだろう。北朝鮮による拉致も現在進行中の問題だ。これのどこが「水と安全がただ」だと言うのか。他の国よりは安全なのは間違いないが、黄金郷を自称・自尊するほどではない。氏の意見は、よく言って誇大表現、悪く言えば妄想か時代遅れだ。

「軍事的プレゼンスを取り戻す代わりにこの平和と生活の質を失ってもいいと改憲論者が本気で思っているなら」というのも意味不明だ。軍事的プレゼンスを取り戻すのに、防衛費が極端に増大する、というのなら話は解るが、その根拠がない。日本の軍事費は、世界第四位。フランスやイギリス、ドイツよりも多い。にも関わらず、軍事費の対GDP比は、1%以下である。世界平均は3.5%程度だ。なお、日本の防衛費の中には、在日米軍の駐留費用も含まれている。
これより防衛費を増やさねばならない、というのならその根拠を述べるべきだろうし、その増大分が「平和と生活の質」を圧迫する、とする根拠も示すべきだ。

「北朝鮮のような軍事国家になる覚悟がないなら、改憲は口先だけにしておく方がいい」というのも意味が解らない。北朝鮮の例は、核を持てば軍事的プレゼンスと国際的発言力が飛躍的に高まる、という事実を示している。北朝鮮が、軍事国家であった理由は、まだ戦争中(休戦中)であるからだし、国内に睨みを効かせるのに軍隊が必要だからだ。後者はともかくとして、前者は核保有国となった今となっては無効かもしれない。一方日本は、その気になれば数ヶ月で核兵器開発が可能であるとも言われている。
以上より、日本が核兵器を保有するのは比較的簡単・短期間に実現でき、核兵器で軍事的プレゼンスが上がる分、通常兵力の削減を行うことが可能と言える。これは必ずしも軍事大国化ではないし、少なくとも「北朝鮮のような軍事国家」になる必要はない。
そうでない、というのなら、なぜ改憲が「北朝鮮のような軍事国家」化に繋がるのか、その具体的な理由を述べるべきだ。

最後になるが、「改憲派のロジックを突き詰めると、いずれは日米安保の廃棄、自主核武装、米国を含むどの国とも戦争することのできる「ふつうの国」になるという結論に行き着く」は何を言いたいのか不明だ。どの国とも戦争することができるからと言って、見境なしに戦争するわけでもないし、すぐに近隣諸国を侵略開始するわけでもない。
逆に、戦争できない、ということであれば、相手が一方的に宣戦布告してきた場合、どうするのか。国際法上、戦争は一方の宣戦布告から始まる。厳密に言えば、宣戦布告された時点で、戦争できない日本は、すべての軍事行動が不可能となる。
この問題が「絶妙な政治的トリック」でなんとかなる、と言うのなら、憲法のどんな部分も「絶妙な政治的トリック」で無視することが可能になる。そんな憲法は無意味だ。憲法を無意味なものにしたくないのなら、「絶妙な政治的トリック」などという誤魔化しは否定すべきであり、憲法は改正すべきだ。

2007-04-03

比べる対象が違うだろ?『世界初の飛行機は、朝鮮の“飛車”』

韓国情報を発信するinnolife.netというサイトのがあるそうです。このサイトのニュースで最近ネットで話題になっているのが『世界初の飛行機は、朝鮮の“飛車”』という記事。要するに、世界初の飛行機は朝鮮人が発明したのだ、という内容ですが、これが如何にトンデモかは、あちこちで言われていると思いますのでここでは触れません。
私が指摘したいのは以下の部分。
世界初の飛行機は、ライト兄弟より300年先に作られた朝鮮時代の鄭平九による“飛車”だった。
で、これにつけられている画像がこれ。

まあ、この主張が真実なら、その偉業を認めないわけではありませんが、その場合、比較されれるべきはオットー・リリエンタールであって、ライト兄弟ではありません。ライト兄弟が達成した「世界初」は、有人動力飛行(1903年)。上の絵には、動力見当たりませんから、ライト兄弟とは比較できません。
一方、リリエンタールは、ハンググライダーによる有人飛行に世界で初めて成功しました。これが1894年(一説には1893年)のことです。比較するなら、リリエンタールを持ち出すべきです。

ま、好意的に解釈するとすれば、リリエンタールなんて一般の人は知らないだろうから、ということなのかもしれませんけどね。でも多分、書いた人も知らないんでしょう。だとしたら、無知の誹りを免れません。



それはともかく、記事中の「壬辰の乱」とは、日本で言う文禄の役。つまり、豊臣秀吉による朝鮮出兵の前半戦のこと。当時は「唐入り」と呼んでいたようです。江戸時代以降には「朝鮮征伐」と呼ばれていましたが、大正時代以降、「文禄・慶長の役」という呼び名が定着ました。これは、1903年の日韓併合で朝鮮も日本となったことから、同じ国の国民に対して「征伐」という言葉が避けられた結果だそうです。

2007-03-30

朝日新聞・風考計「言論の覚悟 ナショナリズムの道具ではない」

朝日新聞のコラム・風考計より、「言論の覚悟 ナショナリズムの道具ではない」より。
私はといえば、ある「夢想」が標的になった。竹島をめぐって日韓の争いが再燃していた折、このコラムで「いっそのこと島を韓国に譲ってしまったら、と夢想する」と書いた(05年3月27日)。島を「友情島」と呼ぶこととし、日韓新時代のシンボルにできないか、と夢見てのことである。
だが、領土を譲るなどとは夢にも口にすべきでない。一部の雑誌やインターネット、街宣車のスピーカーなどでそう言われ、「国賊」「売国」「腹を切れ」などの言葉を浴びた。
もとより波紋は覚悟の夢想だから批判はあって当然だが、「砂の一粒まで絶対に譲れないのが領土主権というもの」などと言われると疑問がわく。では100年ほど前、力ずくで日本に併合された韓国の主権はどうなのか。小さな無人島と違い、一つの国がのみ込まれた主権の問題はどうなのか。
まー、なんて言うか、百年も前のことを現在の倫理で測ってどうする、って話ですが、仮に百年前の韓国併合が当時の倫理としても(当然現在の倫理としても)間違っていたとしたら、現在の竹島占領はどうなのでしょうか?もちろん間違っていると結論せざるを得ないでしょう。それを「間違っている」とも言わずに日本側だけに譲歩を求めるような「夢想」だから、批判を受けているのだ、ということに若宮氏は気付いてないのでしょうか?
泥棒の被害に遭った場合に、盗品を盗人との共有財産にするなんて言ったら、盗人は被害者に友情を感じたりするんでしょうか?もしかすると、自分が間違ったことをしたにも関わらず、それを許すばかりか、盗品をくれるって言うんだから、中には友情を感じる奇特な盗人も居るかもしれませんが、少数派でしょう。
韓国の場合は「独島(竹島)は韓国固有の領土だ」と言っています。自分たちが間違っているとは思っていません。日本が譲ったとしても、韓国は「日本が譲って当然」としか思いません。そのことに友情を感じることはないでしょう。

また、若宮氏の「夢想」にそれなりの正しさを認めるとするならば、その前提として、「韓国の主張は正しい」としなければなりません。しかし、韓国の主張にはどう考えても無理があります。だから若宮氏の「夢想」は論理として成り立たず、批判を受けているのです。



ところで韓国では、日本の文化は朝鮮文化のコピーである、という言論が罷り通ってます。例えば、剣道の起源は韓国にある、と。この主張は荒唐無稽なのですが、仮にこの主張を認めて、今後剣道を「友情剣道」と呼ぶようになったら、日韓新時代のシンボルとやらになるんでしょうか?まあ、なるのかもしれませんが、それは韓国の主張は、どんなものであろうと日本が一方的に受け入れる、という時代なんじゃないでしょうか?若宮氏の「夢想」はそんなことにもつながります。
なお、剣道が特に酷いので筆頭に上げましたが、同様のことは、空手・武士道・柔道・合気道・寿司・盆栽・漫画・清酒でも起こっているそうです。



話を戻すと、若宮氏は次のようにも言っています。
実は、私の夢想には陰の意図もあった。日本とはこんな言論も許される多様性の社会だと、韓国の人々に示したかったのだ。<<略>>
韓国ではこうはいかない。論争好きなこの国も、こと独島(竹島)となると一つになって燃えるからだ。
つまり、一方的に韓国を擁護するような発言をして、韓国を諭そう、ということなんでしょう。
でも、そういう日本寄りと言うよりはむしろ韓国寄りの言論は、日本では今までもたくさん存在していました。特に朝日新聞を筆頭として。慰安婦問題もそうだし、若宮氏が例示した韓国併合に関する批判もそうです。でもそれらは、韓国の言論の多様化にはつながりませんでした。若宮氏が批判を受けるのは、そういうところを、まったく考慮しないからでもあります。

しかし、むしろ慰安婦や韓国併合は、反対意見を「夢にも口にすべきでない」ものとして朝日新聞などが封殺しようとしてきた例に挙げるべきかもしれません。曰く、慰安婦問題・韓国併合暗黒時代を認めない代議士は腹を切れ…とは言わなかったかも知れないけど、議員辞職に追い込まれた例はたくさんあります。国会議員に限らず、他にもそういう例はたくさんありました。そう言った「砂の一粒まで絶対に譲れない」などと言ったことに対して「疑問がわく」ことはなかったんでしょうか?当時は無理だったのかもしれませんが、今はどうなんでしょうか?他人のやることはダメだけど、自分達のやることはOKなんでしょうか?

若宮氏は、自分に対する批判を「一部の雑誌やインターネット、街宣車のスピーカーなど」という偏ったものしか挙げていません。でも、そういう極端なものではなく、もっとまともな理由での批判もたくさんあったはずです。それを取り上げずに極端なものだけを取り上げるのは、マスコミお得意のイメージ操作ってもんじゃないでしょうか?そうでないというのなら、まともな批判をもっと真摯に受け止め、反省すべきでしょう。

2007-03-22

タミフル: ん~、山木@探偵ファイルさんも誤解してるなあ

探偵ファイルの記事、『止まらないタミフル異常行動に、とうとう使用ストップが!』ですが、山木さんも完全に誤解してますね。厚労省担当者にインタービューした部分:
―愛知県、宮城県と中学生が立て続きタミフル服用後転落死をしましたが、タミフルとの因果関係は本当にないのですか?
現在調査中なのでまだはっきりしたことは分かりません
質問がおかしいです。厚労省の主張は、「因果関係がはっきりしない」です。これが「因果関係はない」と主張しているのなら、「因果関係は本当にないのですか?」という質問には意味がありますが、そうではないのですから、厚労省担当者もそう答えるに決まってます。
どうせ質問するなら、「因果関係の調査は、いつ完了の見込みですか?」とか「前回の調査も、集計条件によっては有意な因果関係が認められるかもしれない、という指摘がありますが、その点はどうですか?」とか、そういう質問をしなきゃダメです。
あるいは、せっかくその前の記事『 タミフル服用問題、マスコミが書かない論点とは』でいいことを書いてるんだから、「因果関係が認められたとして、どの程度のリスクであればタミフルを容認しえますか?」なんて質問であれば面白かったかもしれません。

リスク評価という観点で言うと、これだけタミフルが大量に備蓄された背景には、鳥インフルエンザ問題があります。毒性の高い鳥インフルエンザが発生した場合、インフルエンザに対する備えが無ければ、今回の異常行動による死者とは比べ物にならない規模の死者が出ることが予想されています。

タミフルは、発症後二日以内に服用する必要があります。つまり、早期発見がポイントになるわけですが、これが世界の75%を占める日本での使用量の多さつながっていると言われています。例えば米国では、医療費が高いため、風邪などの病気で医者にかかることは稀で、多くの場合、市販薬で対応しようとします。初期段階でインフルエンザであるかそうでない風邪なのかを判断するには、病院で迅速診断を受ける必要がありますが、市販薬に頼っている間に、タミフル使用の機会を失ってしまうというわけです。一方、日本では健康保険制度の充実により、医療費負担が軽いため、軽い風邪でも医者にかかることが多く、結果として、インフルエンザを初期段階で発見することが可能になっています。

慰安婦問題と新聞販拡

多くのマスコミに共通ながら、代表して西日本新聞の社説「対応は河野談話を基本に 従軍慰安婦問題」を取り上げます。安倍総理が
「(官憲による強制的な慰安婦集めなどの)狭義の強制はなかった」などと発言し、韓国などの反発を招いた
ことに関して、
しかし、ことさらそこを強調すれば、問題の本質から逃げている印象を与えるだけだ。
と、要するに狭義・広義に拘るべからず、と主張しています。

まあ確かに、
多くの元従軍慰安婦の女性たちが、甘言でだまされたり、暴力で脅されて慰安婦になった経緯を証言している。それを強いたのが軍だろうが業者だろうが、彼女たちにとってどれほどの違いがあるというのだろうか。
というのは納得できます。しかしだからと言って、狭義か広義かの議論を封殺してよいとは言えないはずです。被害者たる彼女らには重大な問題でなくとも、加害者側に立たされている日本には重大な問題だからです。

さて例えば、新聞の強引な勧誘・売込みが問題になっていたとしましょう(というか、現実に問題になっている)。しかしこれは、新聞社から委託を受けた別業者に雇われた販売勧誘員が行ったとしましょう(現実にもそうだ)。しかし新聞社は「それは別業者が行ったことで、弊社には直接関係ございません」と主張したとしましょう(現実にそう主張している)。確かに新聞社は、そこまで強引に勧誘・売込みをしろと指示したわけではありません。これはどうでしょうか?

新聞の強引な勧誘は、広い範囲で発生している問題で、ずいぶん昔から批判されているがなくなりません。慰安婦問題は、当時は批判されていなかったし、慰安婦には(当時としては)正当な給料が払われたり、衛生管理もされていたり、言われるほど自由がなかったわけでもないことが明らかになってきているのに、批判されます。新聞各社はこのことに矛盾を感じないのでしょうか?

さらに。
韓国外交通商省は「歴史の真実をごまかそうとするものだ」などとするスポークスマン談話を出した。
安倍首相の発言が「過去の歴史に向き合おうとしない日本」のイメージを増幅しているとしたら、私たち国民にとっても不幸なことだ。
歴史の真実とは一体なんでしょう?無かった狭義の強制を在ったことにすることこそが、「歴史の真実をごまかそうとするもの」では無いのでしょうか?「過去の歴史に向き合おうとしない」のが「歴史の真実をごまかそうとする」方だとしたら、それは日本でしょうか、それとも韓国でしょうか?
在った事は在った、無かったことは無かったとするのが歴史の真実を見つめる態度でしょう。歴史の真実を云々するなら、狭義・広義の議論を封殺するような態度を採るべきではないでしょう。また、議論の封殺は、言論の自由にも反します。

タミフルで思い出した穎割大根

前の記事に引き続きタミフルを取り上げます。西日本新聞に「10代の転落新たに9件 タミフル服用後の異常行動」という記事がありました。この中で、今回の発表で初めて明らかになった9件のケースについて、
遅すぎる対応を指摘する声がさらに強まりそうだ。
としています。つまり、西日本新聞もこの対応を批判したい、ということでしょう。おそらく、他のマスコミも大部分は西日本新聞と同じ意見でしょう。

話は変わりますが、1996年7月にO-157による集団感染が堺市の小学校で発生しました。このとき、厚生省(現在の厚労省)は、「疫学調査により原因食材としてカイワレ大根が疑われる」という中間報告を(わりと素早く)出したため、穎割大根業者が壊滅的な打撃を受けました。このときは結局、穎割大根を含め、O-157の汚染源は特定されませんでした。つまり、穎割大根が汚染源であった可能性も否定できない、ということです。このとき、西日本新聞を含めた大多数のマスコミは、厚生省を批判する側に回りました。

なんというか、マスコミは批判ばかりするけど、具体的にどうすればよいと考えているのか、はなはだ不明です。穎割大根業者は中小企業だから問題(O-157で死ぬこともある)を追求しないが、中外製薬やロシュ社、ギリアド・サイエンシズ社は大企業だから許さない、ってことなんですかね?

タミフル

注意:私は医療の専門家ではありません。この記事に書いてあることは素人である私個人の意見です。判断は御自分の責任でお願いします。


タミフルとそれに伴う(かも知れない)異常行動が問題になってますね。これを受けて、厚労省は原則として十代の患者にタミフルを使用しないよう通達しました。ただし、タミフルと一連の異常行動の間に因果関係があるのかどうか、厚労省は不明だとしています。

ちょっと解り難いので、この「因果関係不明」について説明したいと思います。例えば、(a)私が照る照る坊主を作った翌日、快晴だったとします。この場合、私が照る照る坊主を作ることと晴れることの間に因果関係があると言えるでしょうか?次に、(b)私が照る照る坊主を作った翌日はいつでも、快晴だったとします。この場合私が照る照る坊主を作ることと晴れることの間に因果関係があると言えるでしょうか?
多分、(a)に対しては「ない」、(b)に関しては疑いながらも「ある」と答える人が多いんじゃないかと思います。実は、正解は両方とも「判らない」が正解です。
まず、(a)ですが、これはたまたま一回だけこういうことが起こった、というだけで、それだけで因果関係は判断できない、と考えられます。なので「判らない」が正解です。ただし、照る照る坊主にそんな機能はないと常識的に判断しているので、普通の人は「ない」と答えるでしょう。
次に(b)ですが、「いつも」なんだから、因果関係はあるんだろう、考えるかもしれません。しかし例えば、これが砂漠の話だったとしたらどうでしょう?砂漠ではほとんど雨は降りませんので、照る照る坊主を作ろうが作るまいが、ほとんど晴れです。
この(a)・(b)両方に言えることですが、因果関係を見る場合には、少なくとも、「そうでない場合」はどうなるか、と言う事を調査しなければなりません。例えば(a)の場合、「そのときは晴れたかもしれないけど、何回も照る照る坊主を作ってみたときはどうなんだ?」ということを考えねばなりませんし、(a)・(b)両方の場合で、「照る照る坊主を作らない場合はどうなんだ?」ということを観察せねばなりません。
整理の為、照る照る坊主を作る場合をP、作らない場合を~P、その翌日が晴れる場合をQ、晴れない場合を~Qとしましょう。このとき、PでかつQである確率が、~PでかつQである確率よりも明らかに高い場合、PとQの間に「因果関係がある可能性が高い」、と考え、そうでない場合は「因果関係はない可能性が高い」と考えます。「可能性」と書いたのは、実は偶然Pとは別の原因がPと同時に起こった可能性もあるからです。

さて今回のケースで厚労省は、タミフルを服用した場合(P)とそうでない場合(~P)について、異常行動の有無(Qおよび~Q)を調査し、タミフルを服用した場合とタミフルを服用しなかった場合、両方について、異常行動が起こる確率が変わらなかった、と言っています。つまり、PかつQと~PかつQについて確率が変わらない、という調査結果を得たということになります。
これを前の説明に当てはめれば、「因果関係がない可能性が高い」という結論を得ます。厚労省は、そういうことを言っているわけです。


さて、この厚労省の主張に反対の意見も提出されています。例えば、東京新聞の記事から、浜六郎医師の主張があります。でもこの主張は少しおかしいです。まず、浜医師は次のように言っています。
私がそのデータを分析した結果では、発症初日の昼には、服用した方が何倍もの異常行動を起こす計算になった。厚労省の報告書は、タミフルの影響が少なくなる二日目以降も一緒にしている。異常行動は一回目か二回目の服用から数時間以内が最も起きやすいので、そこをきちんと解析しないと意味がない。
しかしこの直後、次のようにも言っています
高熱で意識もうろうとして、むにゃむにゃと変なことを言う「熱譫妄(せんもう)」は確かにある。だが、タミフルによる異常行動は、むしろ熱が下がった時に起きている。
この二つの意見は相矛盾しています。前の引用では、発症初日の昼に異常行動を起こしやすい、と言っています。タミフルは、インフルエンザでは通常発症後3~7日間続く発熱を、2~6日間に短縮する効果があります。とすると、タミフルを投与しても、発症初日には熱は下がっていないはずです。一方、後の引用では、熱が下がった後に異常行動が起きていると言っています。タミフルで発熱が収まるのは発症3日目以降ですから、これは矛盾です。
「タミフルの影響が少なくなるのは、二日目以降」と前の引用にはありますが、早ければその頃には熱は下がっているはずで、後の引用に従えば、むしろ異常行動を起こしやすくなっているはずです。また、いかにタミフルがインフルエンザの特効薬といえども、一回目の服用後数時間以内に熱が下がるわけではありませんから、前の引用の「異常行動は一回目か二回目の服用から数時間以内が最も起きやすい」というのと、「タミフルによる異常行動は、むしろ熱が下がった時に起きている」というのとは矛盾しています。

多分、東京新聞の記者が浜医師の意見を誤解して書いたんでしょうね。

2007-03-07

検閲: 探偵ファイル「意外な乱入者も!在日本朝鮮人中央大会」

久々に探偵ファイルを論ってみます。問題の記事は、リ・コウジさんの『意外な乱入者も!在日本朝鮮人中央大会』。
基本的に在日朝鮮人しか参加できない会の為ハングルで進行され、
<<略>>
しかし、在日朝鮮人がハングルで叫び、机を叩きながら強く訴える場面もあり、
これ、ヘンな表現です。ハングルは、朝鮮語の表音文字。言わば、平仮名や片仮名が日本語の表音文字、というのと同じです。例えば、次のような表現はおかしくないでしょうか?
基本的に日本人しか参加できない会の為平仮名で進行され、
<<略>>
しかし、日本人が片仮名で叫び、机を叩きながら強く訴える場面もあり、
明らかにヘンですよね。最初の例は、会の式次第(進行表)が全部平仮名で書かれていたらおかしい、という意味でも違和感がありますけど、この場合の「進行」とは式次第ではなく司会のことでしょう。聾唖者の集まりでもない限り、通常、司会は声でなされます。声が平仮名とはこれ如何に、となるわけです。

リ・コウジさんって何系の何人なんですかね?

2007-03-06

【天声人語】2007年03月06日(火曜日)付: 若桑みどりって人は一体…?!

今日の朝日新聞の天声人語、びっくりしました。天正キリシタン少年遣欧使節(1582~1590)が帰国後、キリシタン弾圧に遭い殉教するという悲劇を紹介した上で、次のように書いている
『クアトロ・ラガッツィ——天正少年使節と世界帝国』(集英社)を著して大佛次郎賞を受けた若桑みどりさんは、その中で、4人の悲劇は日本人の悲劇だったと書く。「日本は世界に背を向けて国を閉鎖し、個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由を戦いとった西欧近代世界に致命的な遅れをとったからである」。そして「ジュリアンを閉じ込めた死の穴は、信条の自由の棺であった」とも記す。
この若桑みどりって人は想像力か歴史の知識が欠如しているんじゃなかろうか?


仮に日本が鎖国をしなかったら、日本がどうなったか?おそらくは、他のアジア諸国と同じ運命を辿っただろう。ポルトガルがマラッカを征服したのが1511年。1571年にはフィリピンのほぼ全土がスペインの植民地となった。支那も18世紀には欧州列強の半植民地になっていた。日本がこれらアジア諸国と同じ運命を辿ることになる危険性は非常に高かったのだ。

それに第一、十六世紀末の欧州に「個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由」なんてものがあったのか?フランス革命バスティーユ襲撃が1789年。天正使節団の約200年後だ。しかも、フランス革命はジャコバン派による恐怖政治など、実際には「個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由」なんてものは全く実現されていない時期もあったし、フランスの状況が安定したのは百年以上経った十九世紀初頭のことだ。

これらことから考えても、十六世紀末の欧州諸国と交流することによって「個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由」が得られたかというと非常に疑問だ。植民地化された日本が、宗主国との間で「個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由」を争う独立戦争を行ったかもしれない、という意味では「個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由を戦いとった西欧近代世界」と同じような道を辿ったかもしれない。しかしそれはおそらく、他のアジア諸国が植民地支配を脱出したのと同じ、二十世紀後半以降になったであろうことは想像に難くない。それとて、独立日本が明治政府を樹立し、欧米諸国と肩を並べるまでになった歴史なしには、早すぎる予測と言わざるを得ないのではないか。
若桑みどりは「ジュリアンを閉じ込めた死の穴は、信条の自由の棺であった」と書いたが、1890年に施行された明治憲法では、
第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
とある。仮に棺に閉じ込められなかったら、信教の自由とやらは何年頃に実現したと若桑みどりは考えているのだろう?

若桑みどりも朝日新聞も、歴史の知識と想像力を自己点検した方が良いだろう。


なんてことを書いた後で、この本を買おうって人がいるんだろうか…

2007-03-05

2007-02-20

Dumcanの名機、Freehand Zero

えー、先日、お世話になっているヨーヨーショップが、店頭販売をすると聞きまして。せっかくだから、糸でも買っとこうかなと。かな、と。かな…と…思ってたら、帰りにはうっかりヨーヨーを買ってました。
言わずと知れた(え?知らない?!)Duncanの名機、ハードコアシリーズフリーハンド・ゼロです。
このフリーハンド・ゼロは、バンダイ・ハイパーヨーヨーでは、フリーハンドと呼ばれていました。ダンカンにもフリーハンドという機種がありますが、これとは違うものです。まず形状が違いますが、工作精度の点でフリーハンドよりフリーハンド・ゼロの方が優れています。実際に振ってみると一目瞭然です。

にも書きましたが、私はバンダイ版も持っています。比較したのが右の写真。ヨーヨー本体の下に並んでいるのは、フリーハンド(CW、あるいは5Aとも)プレイに使うカウンターウエイト。ダンカンの説明書には、「Duncan Die」と書いてあります。サイコロのことですね。Collectable Counterweightとありますから、いろんな種類があるようです。ダンカン版は、バンダイ版よりも一個多く付属しています。

左の写真は、カウンターウエイト。五つのカウンターウエイトの下に見える小さな部品は、ヨーヨーのギャップを調整するためのスペーサ(spacer)です。最初から本体に二つ組み付けてあるのと併せて、全部で四つ付属しています。

右がヨーヨーに組みつけてあるところ。金属の軸が本体中心に生えていて、それに、スペーサ・ベアリング・スペーサの順で組んであります。写真では、片方のスペーサが本体の中に埋もれていて見えませんが。本体が黒なので解りにくいですが、本体軸周辺にフリクションステッカーと呼ばれる黒色のシートが貼ってあります。

スペーサとベアリングを本体から取り外したのが左の写真。写真左端の円筒が、銀色のスペーサ二個でベアリングを挟み込んでいるもの。金色の二つが、上の写真に写っていたスペーサです。ベアリングにちょっと瑕か錆のようなものが浮いてます。アメリカンクオリティですなあ。

ちなみに、銀色のスペーサの方が金色のスペーサよりも厚いです。左の写真だと解りやすいかな?初期設定の銀+銀に加えて、金+銀、金+金の組合せが可能なので、三段階にギャップを調整することができます。

バンダイ版も含め、つい最近のものまで、スペーサに加えてOリング(O-ring/おーりんぐ)と呼ばれる小さいゴムの輪が付属していました。これとスペーサを併用することで、無段階にギャップ調整が可能です。が、ヨーヨーの締め付けが緩んだのが解り難いので、気をつけていないと、投げた途端空中分解、なんてことになります。人に当たると非常に危険です。

2007-02-15

「自分らしい自分が好き」と「恥」

僕らの世代は、個性、「自分らしさ」というものが重要な価値である、という教育を受けてきた。多分、僕ら以降の世代も同じだろう。アフラックのTVコマーシャルの「今の自分が一番自分らしくて好きです」とか、スマップの「ナンバーワンよりオンリーワン」(作詞は槇原敬之)とかは、こういう教育の成果だろう。

一方、日本の文化は恥の文化である、と言われている。恥とは、現実と理想の差を目の当たりにしたときに発生する感情だ。理想に達しない自分を心苦しく思う。これが「恥」だ。

「自分らしい自分が好き」と「恥」は、言わば正反対の価値観だ。「自分らしい自分が好き」は、ともすればまったく理想を持たず、現状追認しかない堕落に陥る可能性を持っている。「恥」はその逆に、理想に達しない自分を完全否定することに繫がりかねない。お互いが並立し、補完しあわなければ、うまく行かないものではないだろうか?

しかし、最初にも書いた通り、僕ら以降の世代は、「自分らしい自分が好き」を強く刷り込まれている。このことが、様々な歪を生んでいるのではないだろうか?

2007-02-08

大谷昭宏って人の意見は、まったくもって論理ってもんがない

久々の更新にもかかわらず、カタい話ですまぬ。仕事が忙しいのだ。

以前にも批判したことがあった([1][2])が、大谷昭宏氏のコラムを批判してみる。今回取り上げるのは、『「家族」の視点から女性・女系天皇に賛成 ― 男の子がいる家庭だけが理想か ―
氏はファミリーの視点から女性・女系天皇に賛成、と言っている。そもそも、女性天皇は過去に例があり、これに反対している人はほとんど居ない。だから、氏の主張は、「女系天皇に賛成」であって、その理由は、天皇家は、国民の敬愛する理想の家族(ファミリー)であるべきだから、というもの。続けて、現代の理想の家族とは、「必ずお世継ぎ様の男の子がいる家庭」ではない、と言っている。
なるほど。では、どういう家庭が理想なのか?そのことに氏は何も答えていない。子供が居ない家庭すら、理想の家庭足りうる、とは言っているが、具体的な条件は何も書いていない。
ならば、どんな家族でもいいってことになりはしないか?具体的に理想の家庭を定義しなければ、どんな結論でも導き出すことが可能だ。理想の家庭の具体像を定義しない限り、氏の主張は根拠のないものだと言わざるを得ない。

また氏は、現憲法の精神に基づけば、側室を認めることはできない、ということも女系天皇を認めざるを得ない理由に挙げている。そもそも現憲法はGHQに半強制されたものであり、そんなに有難がる程のものか、というのは措くとしても、側室を認めること以外に男系を保存していく方法はある。それは宮家を増やすことだ。この方法を取り上げないのはどういうことか?まあ、紙面の都合なのかもしれないが。

2007-02-04

ヨメガ・レイダーの代替品到着。さすがスピンギアさん。

前々回前回と 書いてきたヨメガ・レイダーの不良品(?)の件ですが、ついにスピンギアさんから今日、代替品が到着しました。

トイザらスで買ったのは青だったのですが、クリア/イエローを貰いました。
なかなかきれいな色で気に入っています。むしろ、今回の件があってよかったかも。

もっとも、これはスピンギアさんの対応が良かったからそう思えたわけで。

2007-01-30

スピンギアさんからのメール

前回の続き。

トイザらスで購入したので、トイザらスに返品しようかと思ったのですが、まずは輸入元のスピンギアさん正確には、スピンギアを運営しているディップスさんに画像付でメールしてみました。
で、早速返事が来ました。交換するので、着払いで送って欲しいとのこと。ただ、同色は在庫がないので、同系色に交換したいが、在庫のある別の色への変更も可能、とのこと。
土曜日にメールして、返事が月曜日に届いていますから、迅速な対応と呼べると思います。対応の内容の提案も納得できるものです。
早速明日発送したいと思います。交換品が届いたら、また記事にします。

2007-01-24

ヨメガ・レイダーが全国のトイザらスで発売開始!買ってみましたが…

以前、スピンギアさんでダンカンスピード・ビートルを購入しました。ここから時折メールマガジンが送られてきます。その中に、
今、全国のトイザらス、ユニーでヨメガヨーヨーを好評販売中です!
という告知を発見、早速見に行ってみました。

…見に行っただけのはずなのに、


何故か購入してました(笑)。ヨメガのレイダーです。これは前の記事で紹介した、バンダイ製ハイパー・レイダーのOEM元の製品。模様以外は基本的に同じもののはず。早速パッケージを開けると…

ヨメガ製レイダー(左)と、バンダイ製ハイパー・レイダー(右)

やっぱり同じです。でも、細かい部分で違いがあります。例えば糸。

(上)ヨメガ製レイダーに付属の糸、
(下)バンダイ
ハイパー・レイダーに付属の糸

見てもらうと解りますが、ヨメガ製の方に付属の糸は、縒りが甘く、如何にも安そう。これだとすぐに切れてしまいそうです。一方、バンダイ製の方に付属の糸は、しっかりしています。
ま、糸はどうせ替えるものなので、こんなのはどーでもいーのですが、これはどうか。


表面が瑕だらけです。まあ、瑕も使っていれば付くものではありますが、もっと前に買ったバンダイ製の方は、日頃練習に使ったり、Gパンのポケットに突っ込んで携行したりと結構使ってますが、こんな瑕はありません。ちょっとヒドい。
返品しようかな…